ホーム > 廃駅跡の情景 > 粟巣野

  粟巣野(富山地方鉄道・立山線)

1.駅跡地(ほぼ中央)遠景

 

2.駅跡前通り

 

3.駅跡地(岩峅寺方面をのぞむ)

 

4.駅跡地を通過する普通電車(立山方面をのぞむ)

【駅概略】 ※1981年5月22日廃止

富山地方鉄道立山駅から1駅,1.3kmの地点にあった駅。昭和12年に千垣駅から立山線が延伸開業した際に終着駅として設置され,昭和30年に立山駅まで全線開業した後も途中駅として存続したが,昭和56年に廃止された。常願寺川沿いのわずかな平地に立地しており,今もホームが残っている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

粟巣野(あわすの)

所在地

富山県富山市本宮町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1937年10月1日

乗降客数

51人(1975年現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1940年10月

16往復

1944年12月

8.5往復

1956年12月

?往復

1968年12月

?往復

1980年10月

?往復

 

【訪問記】(2010年5月)

上横江駅の跡地を訪問して横江駅に戻り,立山行きの普通列車で3駅揺られて本宮駅で下車。本宮駅から立山方面に1.5kmの地点にあったという芦峅寺駅の跡地を目指して常願寺川沿いを歩くも,カモシカの親子に遭遇しただけで収穫はなく,本宮駅に戻る。

失意の中,本宮駅前通りを東に向かう。道なりに森の中の緩やかな坂道をのぼっていくと,にわかに前方が開け,右手の斜面にリフトなんかが見えてきた。「立山山麓スキー場」で,冬は賑わうのだろうけど,今はひっそりしている。

途中のT字路を左に折れ,ちょっと行くと,常願寺川を見下ろしながら下る見晴らしの良い道となる。常願寺川の左岸側(手前側)には富山地方鉄道立山線の線路が敷かれている。ふと立ち止まり,線路の周囲をよく見ると,白い建物が見えた(写真1)。さらによく見ると,雑草に覆われたホームのようなものまで見える。あれが今から目指す粟巣野駅の跡地に違いない。

粟巣野駅は,それまで千垣駅が終点だった立山線が昭和12年にここまで延伸した際に開業した駅である。昭和30年に現在の立山駅まで延伸されるまで終着駅だった。上から俯瞰してまず感じるのは,とんでもないところに終着駅を作ったな,ということである。常願寺川沿いのわずかな平地にあり,木々と雑草に囲われている。完全な無人地帯で,周囲に人家などは全くない。立山観光に向かう乗客の乗換駅としての役割がメインだったのだろう。「それにしてもなぜこんなところに?」との疑問がわくが,勝手に推察するに,戦争の影響があったのと,この先に控える常願寺川を渡る鉄橋(真川橋梁)が難工事だったからではないかと思われる。

粟巣野駅は,立山駅まで延伸された後も,途中駅として営業を続けた。立山観光の乗客を立山駅に奪われてしまえば,その立地条件からしてもはや粟巣野駅に存在理由はないように見えるが,失礼ながらその後もしばらく生き残った。しかし,昭和56年に力尽き,廃止されている。今日はその跡地を見物しにやって来た。

粟巣野駅の跡地を見下ろしながら道を下っていくと,左にほぼ90度カーブする地点にさしかかった。そのカーブの内側から,緩やかな下り坂の林道が分かれている。その林道を進むと,やがて道なりに右にカーブし,突き当たりのT字路を左に向かう(写真2)と,先ほど見た白い建物の前に出た。ここが粟巣野駅の跡地である。

草を掻き分け線路際に立つ。草が繁茂して分かりづらいが,今立っているのは往時のホームで,線路を挟んだ反対側にも同じように草に覆われたホーム跡が見える(写真3)。相対式ホームの駅だったんだな,と思いかけたところで,反対側のホームのさらに向こう側に古びた架線柱があるのが目に留まった(写真3,4)。どうやら折り返し設備もある2面3線の駅だったようだ。終着駅の重責を18年間担っていただけの貫禄が感じられる。

まだ時間があるので,周辺の散歩に出かける。先ほどのT字路まで戻り,そのまま線路沿いに直進する。鬱蒼とした樹林の中をしばらく歩くと,突然右手が開け,一面の草むらとなっている場所に出た。・・・・・・と,その奥のほうに白い鳥居があるのが目に留まった。そら恐ろしさを感じながらも,好奇心が災いして,足が勝手に鳥居のほうへと向かっていく。

鳥居の前に石柱があり,「真川神社」とある。鳥居の先に,拝殿へと向かう石段が続いているが,苔むし落ち葉に覆われていて,手入れが行き届いているとはいいがたい。しかし,ここに神社があるのは紛れもない事実である。もしかして,この前に広がる草むらには集落があったのではないか。そして,その集落の人たちが鎮守として真川神社を祀っていたのではないか。しかし,何らかの事情でこの地を離れることとなり,集落は壊滅,草むらに還ったのではないか。そう考えると,粟巣野駅が昭和56年まで生き残ったのが理解できるような気がした。


ホーム > 廃駅跡の情景 > 粟巣野