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  学校前(名古屋鉄道・広見線)

1.あえなく駅跡地を通過する普通電車(御嵩方面をのぞむ)

 

2.駅跡地遠景

 

3.駅出入り口跡

【駅概略】 ※2005年1月29日廃止

名鉄広見線の新可児−明智間にあった無人駅。新可児駅から1.9kmの地点にあった。以前は広見小学校が駅前にあったため,この駅名がついたと思われる(現在は広見小学校は移転し,跡地が市民運動場になっている)。利用者は1950年代後半をピークに減少し,2003年度は1日平均100人強にまで落ち込んだことから,普通列車でも通過するものがあった。そのため,鉄道駅としての使命を終えたとして,2005年1月28日をもって廃止された。路線廃止をともなわない駅の廃止は名鉄として15年ぶり。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

学校前(がっこうまえ)

所在地

岐阜県可児市石井字浦田256-1
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1928年12月7日(東美鉄道として)

乗降客数

128人(2003年現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

2004年5月

33往復

 

【訪問記】(2008年4月)

3年前に廃止された名鉄広見線の学校前駅。廃止直前にあわてて訪問したが,今日は広見線の乗車ついでに駅跡地の様子を見に行くことにした。

犬山駅で広見線に乗り換え,新可児駅でもう一度乗り換えて駅跡地を通過し,終点・御嵩駅まで完乗。折り返して明智駅で下車し,可児川沿いの穏やかな道を西に歩き始めた。

明智−学校前間はわずか1.6kmだったので,ぶらぶら歩いて20分ほどで駅跡地に到着。さっそく跡地の観察に入る。

現役時代には駅南側を並行して走る道路との間に1面1線のシンプルなホームがあったのだが,今は跡形ない。私は現役時代に来たことがあるので迷うことなく跡地に到達して「ここが駅跡地だ」と豪語できたが,知らなければどこだか分からなくて途方に暮れるかもしれない。

それでも,ここに駅があったことを示す証拠が2つほどある。1つは線路沿いに立つ架線柱だ。駅跡地以外では線路の両側に足がある門型となっている架線柱が,跡地付近だけは線路北側だけに足がある片持ち型となっている(写真1)。すなわち,線路南側にホームがあったことを物語っている。

いまひとつは線路沿いの鉄柵だ。線路と道路との間には,線路敷に侵入できないよう白い鉄柵が施されているが,その大部分がかなり汚れてくたびれている中にあってわずか5mほど分だけ真新しくなっているところがある(写真3)。ここがホームへの出入り口だったところで,もともと柵は途切れていたのだが,安全のため廃止後に新しく設置されたらしい。

・・・・・・。

広見線の乗車ついでに来てみたものの,現役時代と同様,特にどうということはない。前回,わずかながらも駅前に停められていた利用客の自転車がすっかりなくなり,彼らは今はどうしているのだろう。・・・・・・などと案じ始めたところでやることがなくなってしまった。ので,わずか10分の滞在だったけど,家路に就くべく,可児駅に向けて歩き始めた。


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