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  花房町(東武鉄道・宇都宮線)

1.駅跡地(東武宇都宮方面をのぞむ)

 

2.旧駅舎跡地(のはず)

 

3.駅跡をあえなく通過する普通列車(南宇都宮方面をのぞむ)

【駅概略】 ※1954年9月24日廃止

東武宇都宮線の南宇都宮−東武宇都宮間にあった駅。南宇都宮駅から1.1kmの地点にあった。宇都宮線全線開業の翌年に設置されたが、1944年6月に不要不急駅とされて営業休止となり、戦後も復活することなく、1954年9月に正式に廃止された。現在、駅跡地には、東武建設株式会社が入っている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

花房町(はなぶさちょう)

所在地

栃木県宇都宮市花房本町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1932年4月1日

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1940年10月

?往復

1944年12月

(営業休止中)

1950年10月

(営業休止中)

 

【訪問記】(2012年9月)

江戸時代に天皇陵の荒廃を嘆いて各地を調査した蒲生君平という人物に興味を覚え、彼の出身地である宇都宮にやってきた。

東武南宇都宮駅で下車し、線路沿いを東武宇都宮方面に向けて歩く。10分も進むと、最初の目的地である蒲生君平勅旌碑がある。次なる目的地は彼を祭神とする蒲生神社だが、その前にちょっと寄り道していこうと思う。

勅旌碑からさらに線路沿いを行き、国道119号線を少し北上してから再び線路のほうに向かうと、「宇 第110号踏切道」という踏切がある。文献に記載された営業キロから判断する限り、ここにその昔、「花房町」という名の駅があったはずだ(東武宇都宮駅からも南宇都宮駅からも1.1qの地点)。花房町駅は、戦時中に不要不急駅とされ、開業からわずか12年で営業休止、その10年後には正式に廃止されてしまったという。

ここがその跡地だろうという私の推測を支持してくれる状況証拠が2つある。1つは、踏切北側に線路に接して建つ「東武建設株式会社」の建物だ。東武鉄道の系列会社であることから、ここに花房町駅の駅舎があったと見て間違いないだろう。

いま1つは、踏切に立つ白い標柱だ。「23KM134M」とあり、東武宇都宮線の起点・新栃木駅からの営業キロを示している。文献によると、花房町駅のそれは23.2kmとなっていることから、花房町駅はこの踏切より東武宇都宮駅側(北側)16m〜115mの範囲にホームの中心があったはずだ。東武建設株式会社の建物がある場所に駅舎、それに隣接してホームがあったと考えると合点がいく。

ホームの痕跡を求め、線路沿いを凝視する。東武宇都宮線は単線ながら、全線にわたって複線化用地が確保されており、線路のどちら側にホームがあったかは断定しがたい。踏切から、あるいは線路沿いの道路からと、あらゆる角度から遺構を探してみたが、結局何も見つからなかった。普通に考えれば、駅舎のあった(と考えられる)線路西側(東武建設のある側)だと思うので、確証はないけれど、そう思うことにしよう。

にわかに踏切が鳴り、東武宇都宮行きの普通電車が通過していく。ここが悲運の廃駅跡地であることは、列車も乗客も全く知らないようだ。哀れな花房町駅には申し訳ないが、私も駅跡地の探索を終え、次の目的地に向かおうと思う。


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