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  東浅川(国鉄・中央本線)

1.駅跡地

 

2.駅跡地(八王子方面をのぞむ)

 

3.駅跡地へと続く小道(高尾方面をのぞむ)

【駅概略】 ※1960年9月10日廃止

国鉄中央本線の西八王子−浅川(現・高尾)間にあった皇室専用の駅。大正天皇の大喪列車の終着駅として、1927年に多摩御陵(現在の武蔵陵墓地)にほど近い場所に開設された。当初は2日間限りで廃止予定だったが、その後も皇族が御陵を参拝する際にしばしば使用された。結局、あまり使われなくなった1960年になって廃止された。駅舎はその後も八王子市が所有する集会施設「陵南会館」として残っていたが、1990年に過激派による爆弾テロにより破壊され、現在は跡地に明瞭な駅の痕跡は見当たらない。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

東浅川(ひがしあさかわ)

所在地

東京都八王子市東浅川町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1927年2月7日

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1930年10月

?往復

1944年12月

?往復

1956年12月

?往復

 

【訪問記】(2015年2月)

東京都の多摩御陵(現在の武蔵陵墓地)にある大正天皇陵は、第123代にして初めて東日本に造営された天皇陵である。天皇の葬儀に際し、大喪列車の終着駅として、多摩御陵にほど近い場所に東浅川駅が開設された。皇室専用の駅で、当初は2日間限りで廃止される予定だったが、その後も皇族が御陵を参拝する際にしばしば利用された。結局、あまり使われなくなった1960年にいたってようやく廃止されたという。今日はその跡地を見にやってきた。

往復ともJRを使うのは味気ないので、往路は新宿から京王線を利用。北野で高尾線に乗り換え、狭間駅で下車した。住宅地の中の坂道を北に向かって下っていくと、駅跡地と踏んでいる場所のすぐ東側(八王子側)にある踏切(新地第二踏切)に出た。

ここから駅跡地に向けて、あやしげな小道が線路沿いに伸びている(写真3)。駅付近は西(高尾方面)に向かって上り勾配であり、駅の東側で中央線から分岐し、線路沿いを進んでホームに到達していたというから、この小道は当時の線路跡ではないだろうか。そう思うと、気分も盛り上がる。

この小道を行くと、やがて広い空き地に出た。駐車場となっており、ここに駅舎があったという。駅舎の痕跡を求めて歩き回ったが、結局何も見つからなかった。

この空き地の一角から出ている「陵南こ線橋」を上り、線路上から駅跡地を見てみる(写真2)。私が通ってきた小道を含め、あやしげな細長い空き地が線路沿いに続いている。明確な証拠はないが、ここに線路やホームがあったと思うことにする。

空き地に戻り、道路(国道20号線)側から空き地全体を見てみる(写真1)。駅跡地の雰囲気が感じられ、妙な安心感を覚える。門柱にはかすれた字で「陵南会館」と書かれている。駅廃止後も駅舎は残り、「陵南会館」として活用されていた名残だろう。残念ながら、1990年に新左翼が起こした爆破テロによって破壊され、上述の通り今は何も残っていない。元・皇室専用駅としての歴史がテロの標的となった一因だろうが、新左翼がよく知っていたものだとも思う。

これにて探索は終了。今度はJR高尾駅から帰路に就くことにする。国道を西に20分ほど歩いて見えてきた瀟洒な高尾駅の駅舎は、大正天皇の大喪列車の始発駅となった新宿御苑仮停車場の駅舎を移築したものだという。


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