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  伊奈牛(JR北海道・石北本線)

1.遠軽方面をのぞむ(線路左手にホームがあった)

 

2.駅跡地への入り口

 

3.すっかり寂しくなった伊奈牛の集落

 

4.伊那牛鉱山跡

【駅概略】 ※1990年9月1日廃止

JR石北本線の丸瀬布−瀬戸瀬間にあった無人駅。丸瀬布駅から2.9kmの地点にあった。周辺にはかつて伊奈牛(北見)鉱山があり,労働者が生活する町が形成されていた。おそらくはそんな住民たちの便を図るため,1956年に仮乗降場として開設された。しかし鉱山はその7年後に閉山となり,町も活気を失い,駅も利用者がほとんどいなくなったため,1990年8月いっぱいで廃止された。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

伊奈牛(いなうし)

所在地

北海道紋別郡遠軽町丸瀬布金山
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1956年11月1日仮乗降場として開業,1987年3月31日駅に昇格

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1972年10月

2往復(仮乗降場)

1987年4月

2往復(駅)

 

【訪問記】(2006年10月)

半年前に廃止された新栄野駅の跡地を訪問したあと,遠軽駅に戻った私は,ほどなくやって来た快速「きたみ」に乗り,丸瀬布駅で下車。小奇麗な駅舎を一瞥してから,いま来たほうへと歩き始めた。次に目指すは16年前まで存在したという伊奈牛駅である。

伊奈牛駅のことを知ったのはつい最近のことだった。仮乗降場から昇格した駅で,今は廃止されてもうない。となると,どうしても現地に行ってみたくなる。そのためには,伊奈牛駅がどこにあったかを知る必要があるのだが,どんなに調べても「丸瀬布駅から瀬戸瀬方面へ2.9kmの地点」ということよりほか分からなかった。非常に造りが簡素だったと思われる仮乗降場上がりの駅の位置を特定するにはあまりに情報が乏しい。

そこで,琴平駅のときのような奇跡(廃止された駅が削除されずにまだ記載されていた)を信じて,国土地理院が公開している2万5千分の1地形図を閲覧する。そして,丸瀬布−瀬戸瀬間におかしな部分がないかをチェックする。・・・・・・が,残念ながらすでに正しく修正されたようで,手がかりは得られなかった。

次に,国交省が公開している「空中写真」のページをチェックする。ここではありがたいことに,伊奈牛駅(当時は仮乗降場)がまだまだ現役だった1978年に撮影された空中写真を閲覧することができる。興奮を抑えつつ,再び丸瀬布−瀬戸瀬間におかしな部分がないかをチェックする。・・・・・・と,石北本線がこの区間で最も北に盛り上がる部分の線路北側に,ホームのようなものがあるのが目に飛び込んできた。それでも早合点はせず,先の2万5千分の1地形図で丸瀬布駅からこの場所までの距離を計測してみる。と,確かに2.9kmだった。「ここだ,間違いない・・・!」ようやく確信に至った私は,今日ついに現地にやって来たのだった。

が,駅跡に向かう前にちょっと寄り道したいところがある。駅跡近くにある伊奈牛の集落である。かつて鉱山で栄えたというが,閉山になったあとは小学校も廃止され駅も廃止されるなど,すっかり寂しくなったと思われる。どうしても判官びいきの気持ちが抑えられなくて,時間はあまりないけれど,表敬訪問していこうと思う。

丸瀬布駅から歩いてきた国道333号線は,やがて石北本線を跨ぐ。と,すぐに北に向かう道が左に分かれる。それを行ってすぐの三叉路を今度は右に折れると,あまりにうらぶれた,だけどあまりに味わい深い集落が姿を現した。ここが伊奈牛の集落である。

集落入り口にこの地についての案内板がある。それによると,鉱山の最盛期には1773人もの人々がここで暮らしていたという。が,今は見る影もない。今ここに住んでいるのはその百分の一以下にまで減ってしまったと思われる。

とりあえず伊奈牛のメインストリートを歩いてみる(写真3)。道の両側に古びた家が点在している。昔は家が建っていたと思われる更地も多い。そして一番奥には,今や工事事務所と化した伊奈牛小学校の跡

当たり前だけど,何もかもが何も語らない。なのに,何もかもが時の流れの残酷さを訴えかけてくる。とても力強く,そしてあまりにも切実に。私はなんだか泣きたくなってきた。

・・・・・・,・・・・・・,・・・・・・・・・。

再び国道333号線に戻り,伊奈牛駅跡地に向かう。例の空中写真とにらめっこしながら,「ホームのようなもの」が写っている場所を特定しにかかる。空中写真を見てると簡単に見つけられそうだが,国道のルートが変わったこともあって,いざ現地に来てみるとこれがなかなか難しい。鳥の目と「人間の目」の違いだろうか。

それでも付近の様子を懸命に窺っていると,「木芸館」と「出光へ」という看板の間に,国道から線路脇に至る脇道を見つけた(写真2)。別にそのまま線路を横切って奥に続くこともなく,線路脇までしか行けないようになっており,非常に不自然だ。しかも,この場所の前後では線路脇に草が繁茂しているのに,ここだけはホーム状に草の背丈が低く量も少なくなっている(写真1)。さらに,空中写真にも写っている付近の民家の位置と照らし合わせてみても,ここが「ホームのようなもの」が写っている場所と考えて矛盾はない。ここまで確認してようやく「ここに伊奈牛駅があったんだ」と確信できた。

廃止された鉱山と廃止された駅。どちらも別に有名ではないし,知ってて何かの役に立つということはなさそうだけど,それでも日本のある土地が歩んだ歴史の一端を垣間見ることができて,私は大いに満足した。そして,さわやかに晴れ渡る秋空の下,駅跡すぐ目の前の「伊奈牛」というバス停からバスに乗り込み,再び遠軽駅へと向かっていった。


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