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  清水寺(国鉄・山陰本線)

1.駅跡前広場

 

2.「清水道」の石碑

 

3.駅跡地

 

4.駅跡地を通過する特急列車(そこから伸びる農道が「清水道」)

【駅概略】 ※1964年10月1日廃止

国鉄山陰本線の米子−安来間にあった仮停車場。米子駅から3.9kmの地点にあった。近くに天台宗の古刹・清水寺があり,参拝者の便を図って仮停車場という形で設置された。しかし,安来側からのアクセス道が改良されると駅利用者は激減,営業休止となり,昭和39年に正式に廃止された。現在,駅跡地には「清水道」と書かれた石碑が残っている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

清水寺(きよみずでら)

所在地

島根県安来市門生町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1915年3月31日(国鉄として)

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

 

 

【訪問記】(2009年8月)

山陰本線の米子−安来間にその昔,「清水寺」という駅(正確には仮停車場)があったという。なんだか京都を思わせる寺院名だが,その開創は用明天皇の頃ともいわれ,山陰地方屈指の名刹だという。その清水寺への参拝者の便を図って設置されたのが清水寺駅のようだ。

さっそく手持ちの古時刻表を開けてみると,巻頭地図には記載されているものの,本文中では完全に無視されており,どれだけの列車が停車していたのかもよく分からない。あくまで「仮停車場」の扱いだったからだろう。

廃止されたのがかなり昔ということもあって,かように詳細は不明だが,米子駅から3.9kmの地点にあったということだけははっきりしている。また,駅跡地には「清水道」と書かれた石碑が残っているという。これらを頼りに,現地に行ってみようと思う。

JR米子駅の駅前バスターミナルから松江行き日ノ丸バスに乗って西に10分ほど行くと,左側(南側)に山陰本線が寄り添ってくる。やがて「門生」というバス停に到着し,下車。そこから米子のほうへ少し引き返すと,営業キロを頼りに私が推定した位置ズバリに空地があるのを発見した(写真1)。その片隅には確かに「清水道」と書かれた大きな石碑がある(写真2)。ここが清水寺駅の跡地で間違いないだろう。

石碑をまじまじと眺める。いつからあるのか知らないが,かなり古いものであるのは確かなようだ。その前には,農道のような小道が消えそうに南に向けて続いている(写真1)。・・・も,すぐにそれは山陰本線の線路で途切れてしまっている。

その道を行って,線路際に出る。ホームの痕跡を求めて,線路際を凝視してみる(写真3)。・・・が,何もない。何も見当たらない。残念ながらホームは完全に消滅してしまったようだ。

もしかしてホームは線路南側にあったのかも,と思い,駅跡地の西側にある踏切をまわって跡地南側に行ってみる。・・・が,何もない。何も見当たらない。残念ながらやはりホームは完全に消滅してしまったようだ。

さらに南にちょっと行った位置から跡地全体を見回す。「清水道」の石碑があった場所から線路をまたいでこちら側へと農道が続いている(写真4)。その道はやがて舗装路に変わり,清水寺へと細く続いている。国道9号線が旧・山陰道であることを考えると,石碑前にあった消えかけた小道から続くこの道が清水寺へと至る「清水道」なのだろう。旧・山陰道の脇に,清水寺への分岐点であることを示す道しるべとして石碑が置かれたと思われる。まさにその入り口にあたる場所に清水寺駅が置かれ,それまでは山陰道をやって来た参拝客が山陰線でやって来るようになり,ここから清水道を通って清水寺に向かったと思われる。今や清水寺駅は廃止され,昔はあったと思われる山陰線を横切る踏切もなくなって清水道は分断されてしまったが,それでも古道の面影は存分に感じられる。夏の日の夕暮どき,ここにこうして一人たたずんでいると,清水道を往来する往時の参拝客の姿が浮かんできそうになったが,まさにそのとき安来方面からやって来た特急「スーパーおき4号」がすべてを高速で切り裂いていった。

清水寺のほうから,農作業姿のおじいさんがバケツに肥料を入れてやって来た。こんなところでたたずんでいる私を見て,「どないしたんだべ?」と尋ねてくる。一瞬ためらったが,「実はこの辺りに駅があったという話を聞いて・・・」と,来訪の目的を話してみる。

「あぁ,そりゃまたずいぶんと昔の話だべ」と男性は懐かしそうに語り始める。70歳近いと見えるこの男性ですら,子供のころにはすでに営業していなかったという。正式な資料では1915年開設,1964年廃止となっているが,昭和の初めには営業を取りやめていたという話もあり,この男性の証言からも,実質的に昭和初期には営業休止状態になっていたと考えられる。また,ホームは線路北側(国道9号線側)にあったという。ホームの痕跡はやはり全く残っていないそうだ。

感謝を告げて,男性と別れる。痕跡が残っているわけでもなく,ともすれば事前情報にあった石碑を見に来ただけになってしまうところだったが,男性に会うことができて本当に良かった。


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