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  孔舎衛坂(近畿日本鉄道・奈良線)

1.近鉄奈良方面をのぞむ

 

2.近鉄難波方面をのぞむ

 

3.駅跡全景

【駅概略】 ※1964年7月22日廃止

近鉄旧・石切駅から奈良方面へ約500m(現・石切駅からは約200m)の地点にあった駅。もともと近鉄奈良線は旧・生駒トンネルを通って大阪と奈良を結んでおり,孔舎衛坂駅はトンネルの大阪側入り口に設置されていた。しかし,電車の大型化にともない旧・生駒トンネルは手狭になったため,新生駒トンネルが新しく掘削され,その開業日に孔舎衛坂駅は廃止された。なお,このときに旧・石切駅が現在地に移転している。廃止からかなりの年月が経過したが,駅跡は往時の姿をよくとどめており,旧・生駒トンネルも一部(生駒方)がけいはんな線用に拡幅再利用されている。ただし,石切駅から孔舎衛坂駅跡までの旧線(築堤)跡は最近になって切り崩された模様。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

孔舎衛坂(くさえざか)

所在地

大阪府東大阪市日下町・上石切町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1914年7月17日(大阪電気軌道日下駅として)

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

 

【訪問記】(2006年8月)

真夏の暑いさなか,残すは最期の1回分となった「3・3・SUNフリーきっぷ」を手に,近鉄石切駅にやって来た。目的地はここから歩いてすぐのところにある孔舎衛坂駅の跡地である。

生駒山地を西から東へ,低地から高地へとだんだん侵略しつつある大阪平野の市街地の,まさに侵略最前線にあたるところに石切駅はある。俯角の範囲にはびっしりとこまごまと市街地が詰まっており,一方で仰角の範囲には生駒山地の緑が目に映えてまぶしい。

そんなところにある旧線跡を,それに続く駅跡に向けて歩く。持参した参考文献にはこの「旧線跡も残る」とあるが,なんせここは侵略の最前線なので,今は宅地開発の波に消えていた。

途中少し道を間違えつつも,10分ほどで古びた2面のホームとその奥にあるトンネルの入り口が見えてきた。これが廃止された孔舎衛坂駅とその奥にある旧・生駒トンネルの跡である。

駅跡構内手前で一度立ち止まり,ざっと駅跡を見回してみる。線路があったはずの部分は舗装されており,トンネルも入り口が金属製の柵で封鎖されている。以上から,この旧・生駒トンネルは廃止後も何かに再利用されていると思われた。

階段のついている大阪寄りからホームに上がり,トンネルに向けて歩いてみる。と,下り線ホームに古色蒼然とした石碑があるのが目に留まった。何と書いてあるのかはもはや判然としない。ただただその風貌から時の流れを感じさせてくれるのみである。

やがてトンネル入り口に到着し,何となく柵の隙間から漆黒の闇の中を覗き込んでみる。最初は気を確かにもっていたはずなのに,やがて不意に柵の隙間から闇の中へと引きずり込まれそうな錯覚に陥った。ので,すぐにトンネルに背を向け,今来たほうへと引き返すことにした。

最期に駅跡北側の細い登り坂を行き,トンネル坑門上部すぐ横に来てみる。さすがに危険なので坑門の上に立ってみる気は失せたが,このようにすぐ目の前にしてみると歴史の重みがひしひしと感じられ,しばらくそこでじっと見入ってしまった。

こうしてそこに立ち尽くしたのち,ふと石切駅のほうへと身を翻す。と,手前に駅跡が,その奥に新興住宅地が,その背後にうっすらと霞んだ大阪の市街地が見えた。生駒山地を駆け上がりつつある市街地のまさに侵略最前線にある古びた駅跡。そんな光景が不思議でおもしろく,それでいてなぜか愛おしく感じられた。


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