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  関山[旧](国鉄・信越本線)

1.旧駅跡地に向かう線路(左側および中央)と現役の本線(右側)

 

2.駅跡地(現・関山駅方面をのぞむ)

 

3.駅跡地(スイッチバック終端側をのぞむ)

 

4.旧駅舎&駅前広場跡

【駅概略】 ※1985年10月 現在地に移転

国鉄信越本線の妙高高原−二本木間にあった関山駅の旧駅。妙高高原駅から8.0kmの地点にあった。この区間は急勾配が続くため,もともとスイッチバック式の駅として開業したが,1985年に本線沿いにホームを移して(現・関山駅),スイッチバックは解消された。現在も旧駅跡地には遺構がかなりよく残っている。

 

【駅データ】 ※現在は新駅に移転

駅名

関山(せきやま)

所在地

新潟県妙高市関山
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1886年8月15日

乗降客数

192人(2009年度)

駅名のルーツ

上代に関所が置かれた山地であることを示す。

 

【停車本数データ】 ※現在は新駅に移転

1925年4月

9.5往復

1944年12月

9往復

1956年12月

10往復

1968年12月

10往復

1984年12月

11往復

 

【訪問記】(2010年5月)

川中島古戦場を歩き,長野駅前に一泊した翌朝,信越本線の普通列車に乗った。普通列車と言っても,特急型車両を用いた一部座席指定の「妙高1号」で,乗り心地・座り心地が良い。

40分ほど揺られて新潟県に入り,さらに10分ほど揺られて関山駅に到着。わずかな客とともに下車する。

関山駅はもともとスイッチバック式の駅として開業した。当時の駅は,ここから北西に分岐していた発着線を500mほど行ったところにあったのだが,1985年にホームが本線上に移され,単なる1面2線の駅となって現在に至っている。しかし,旧駅跡地にはスイッチバック時代の遺構が今もよく残っているという。今日はそれを目当てにやって来た。

まず,今降り立った現・関山駅のホームの傾き具合をチェックする。・・・と,案の定,直江津方面に向かってホームがかなりの下り勾配となっていることが分かる。ビー玉を置いたら勢いよく転がっていきそうだ。今の電車はここを苦もなく発着していくが,昔の列車では無理だったのだろう。駅を設けるにはスイッチバックにせざるを得なかったことがよく分かる。

・・・ホームでそんなことを考えているうちに,一緒に降りた相客たちは皆行ってしまった。後を追うように改札を出,右に折れて線路沿いを北に向かう。県道を越えてすぐの右手に,信越本線を跨ぐ跨線橋を発見。それに駆け上がって直江津方面をのぞいてみると,線路が2手に分かれていた(写真1)。左手に分かれる線路は右手に比べて錆びつき赤茶けていて,ほとんど(全く?)使われていないことがうかがえる。これがスイッチバック時代の旧・関山駅に向かう線路である。これほど当時のまま残っているとは正直驚いた(※参考文献によると,旧駅跡地は今も車両の留置場として活用されている由)。

跨線橋を降り,さらに線路沿いを北西に向かう。にわかに右手の家並みが途切れ,畑地&草地となっている場所に出た(写真4)。その向こうには雑草に覆われたホームと架線,およびそれを支える架線柱が見える。この一画だけは前後と比べて不自然に道幅が広がっている。ここが旧駅時代の駅舎跡地&駅前広場だったのではないか。・・・そう思って,帰宅してからスイッチバックがまだ現役だった1976年に撮影された空中写真と現在の地図とを首っ引きで比較してみると,確かに畑地&草地→駅舎跡地,不自然に広がっている道路→駅前広場だったことを確認できた。

旧駅跡地に到着して,思い出したことがある。スイッチバックが廃止される前後の時刻表をチェックしてみると,関山駅を挟む区間の営業キロが不可解に変わっているのだ。スイッチバック時代の1984年12月号を開くと,営業キロは妙高高原〜関山8.0km,関山〜二本木6.7kmとある。一方,現在地に移転後の1987年3月号では,妙高高原〜関山6.4km,関山〜二本木8.3kmとなっている(←現在も同じ)。妙高高原〜関山が1.6km短くなったのはスイッチバックが廃止されてホームが本線上に移設されたためと解釈できるが,それにしても1.6km減とはいささか短くなりすぎである。さらに,関山〜二本木が逆に1.6km伸びたのは全く解せない。結局,スイッチバックが廃止されたにもかかわらず,妙高高原〜関山〜二本木を通しで乗る客にとっては営業キロ(運賃)は全く変わらないという奇妙なことになっている。

憤りを覚えつつ,ホーム跡地に分け入る。草生していて,一部が崩されてはいるものの,ホームはまだしっかりと残っている(写真2)。レールも敷かれたままだ。これほど当時のまま残っているとは正直驚いた。草刈りさえしてあれば現役の駅と見まがう可能性すらある。しかし,それをあっさり否定するかのように,島式ホームの駅名標はこの上なく錆びつき,文字が剥げ落ちていた(写真3)。

いろいろ見て,いろいろ驚き,いろいろ満足して,現・関山駅に戻る。今日は曇り空だが,5月の信越地方はやはりさわやかだ。吹き抜ける風が心地よい。傾斜のついたホームで深呼吸していると,やがて妙高高原方面から迎えの普通列車がやって来た。


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