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  玉川口(JR東日本・米坂線)

1.駅跡全景

 

2.ホームへ上がる階段と手すりの跡

 

3.ホーム跡(小国方面をのぞむ)

 

4.駅前通り

【駅概略】 ※1995年12月1日廃止

JR米坂線の小国−越後金丸間にあった駅。小国駅から5.3kmの地点にあった。玉川が荒川と合流する地点のすぐ近くにあり,駅前からは国民宿舎・飯豊梅花皮荘へのバスが1日2往復発着していた。また,1940年に雪崩による列車転落事故が発生したのは小国−玉川口間の鉄橋である(現在,現場には慰霊碑が建立されている)。利用者が非常に少なかったことから,1995年11月いっぱいで廃止された。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

玉川口(たまがわぐち)

所在地

山形県西置賜郡小国町小渡
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1936年8月31日

乗降客数

駅名のルーツ

玉川は丸い玉を産する川の意と,霊,魂に通じ神聖な川の意がある。その川口に開けた集落。

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1944年12月

7往復

1956年12月

6往復

1968年12月

6往復

1979年8月

6往復

1987年4月

6往復

1993年4月

2往復

 

【訪問記】(2005年9月)

玉川口駅の跡を訪問する機会をついに得た。利用者減少を理由に純粋に駅だけが廃止された稀有な存在であり,以前から非常に気になっていた。

さて,駅跡へのアプローチの方法であるが,まずは基本に従ってバスの時刻を調べる。すると,小国町営バスが運行されていることが分かった。が,時間がうまく合わない。お互いに運転本数の少ない米坂線と町営バスをうまく乗り継ぐのはやはり難しい。

いろいろ調べた結果,小国駅にレンタサイクルがあることが判明した。失礼ながら大した観光地もないのにレンタサイクルがあるとはちょっと信じられないが,とりあえず行ってみようと思う。

JR米坂線に乗り,小国駅で下車。すると,ホームに自転車が3台並んでいた。良かった,本当に自転車を借りられるらしい。500円を支払い,荷物を預かって頂き,帰着予定時刻を告げ,地図を片手に,勢いよく駅舎を飛び出した。

「地図を片手に」といっても,現在の地図なので玉川口駅の位置は示されていない。「小国から5.3km」という古時刻表の情報だけを頼りに,「大体この辺りかな」と丸を付けてきただけである。今は草が生い茂って,どこにあったのかさっぱり分からないかもしれない。が,ちゃんと位置を特定できる自信がある。

途中,道の駅「白い森おぐに」で休憩し,さらに国道113号線を進んで,横根トンネルに入る。比較的長いこのトンネルを一気に駆け抜けると,国道は米坂線を跨線橋で越えた。

と,その前に,国道から左手に分かれる細い道がある。ややピクッと来たが,とりあえず国道を直進し,跨線橋のてっぺんまで自転車を漕ぎ,線路を眺めてみた。

案の定,線形がおかしい。線路が緩やかに曲がり,しばらく真っ直ぐ進んだ後,再び元の方向へと曲がっている(写真1)。「ここだ,間違いない」と確信し,少し逆戻りし,例の細い道に入った。

何か建物がある。どうやらここがホーム跡らしい。しかし,血気盛んに生い茂った草が通せんぼをしている。何とかホームに上がりたいと周辺を窺っていると,一部草が途切れて獣道のようになっているところがある。ここなら通れそうだと勇んで一歩足を踏み入れてみて,あっと驚いた。なんと,そこはホームに上がる階段の跡(写真2)だったのである。

ホームはやはり完全に草に覆われ,両端を確認することさえできない。なんとなく盛り上がったものがあるだけである(写真3)。ホーム跡の探索は早々に切り上げ,駅前通り(写真4)に出た。

中土駅のときと同じような思い込みかもしれないが,ここに駅があったのだと言われてみれば確かに駅前通りの匂いがする。工場らしき建物。そして何らかの建物があったと思われる更地。これらが駅前通りの両側に並んでいる。飯豊山へのバスも駅前から発着していたはずだ。見たこともない玉川口駅の往時に思いを馳せ,いろいろ勝手に想像してみた。

 


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