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  湯檜曽[初代](国鉄・上越線)

1.水上方面をのぞむ

 

2.越後湯沢方面をのぞむ

 

3.駅前広場とホームにつながる階段

【駅概略】 ※1967年9月28日 現在地に移転

単線で開業した上越線に設置された初代・湯檜曽駅。水上駅から越後湯沢方面へ6.8kmの地点にあった。新清水トンネルの開通にともなう複線化にあたり,同トンネルの出口付近に湯檜曽駅は移され(現・湯檜曽駅;水上駅から3.6km地点),初代・湯檜曽駅は信号場化,のちに廃止された。

 

【駅データ】 ※現在は新駅に移転

駅名

湯檜曽[初代](ゆびそ)

所在地

群馬県利根郡みなかみ町湯檜曽
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1931年9月1日

乗降客数

駅名のルーツ

湯の湧くところ,檜の森林のあるところ,曽根(痩せ地)であるところを表している。

 

【停車本数データ】 ※現在は新駅に移転

1944年12月

6.5往復

1956年12月

9往復

1965年10月

10.5往復

 

【訪問記】(2005年10月)

現・湯檜曽駅で下車し,目の前を走る国道291号線を歩いて北上する。目指すは旧・湯檜曽駅。湯檜曽の集落を見下ろす高台にあったという初代・湯檜曽駅だ。

参考文献に地図が載っているので,迷うことなく淡々と歩く。国道沿いには真新しい足湯もあるが,廃旅館とおぼしき荒れ果てた建物も結構ある。全体として湯檜曽の集落はかなり寂れている印象を受けた。

やがて旧駅にいたる小道の入り口に到着。と,そこには上越南線の工事で殉職された方々を供養する石碑があった。関東と越後を隔てる急峻な谷川岳を貫く路線だけに,難工事だったことが偲ばれる。過去の名もなき人々の苦労と功績に感謝と慰労をこめてそっと手を合わせた。

さて,そこからちょっとした登り道になる。とぼとぼ歩いていくと,やがて目の前が開け,駅前広場が現れた。旧駅が現役だった頃にはここに病院と小料理屋があったというが,今は何もない。痕跡もない。山中に突如出現した単なる狭い空き地に過ぎなかった。

その駅前広場の奥に古びた階段がある。途中に鉄扉が設けられ,そこから屋根がついている。いかにもホームに上がる階段といった風情だ。階段を登り,鉄扉を開け,中に入る。幸い鍵はかかっていなかった。

そのまま勢いで登っていく。・・・が,いかんせんトンネルの中を行くようなものなので,途中で完全な暗闇となり,一歩も進めなくなった。あきらめて鉄扉まで戻り,周囲の様子をうかがう。

30年以上も前に廃止された割にはきれいな屋根とそれに守られた階段がある。整備されているといってもいいくらいだ。だから,日常的な作業(保線?草刈り?)などでこの階段は今も利用されているはず。ということは何か電灯のようなものがついているに違いない・・・。・・・そんなことを考えていると,案の定あやしげなスイッチを発見。スイッチを入れると,パッとトンネルの中が明るくなった。

今度こそ勇んで階段を駆け上がる。やがて現れた扉をそっと開けると,一気に視界が開け,旧・湯檜曽駅のホームに出た。

現役の線路に面する側のホームは斜めに崩されているが,反対側は往時の面影をとどめている。その脇には線路が敷かれていたと思われる細長いスペース。よくぞ生き延びていてくれたと感謝したくなるような旧ホーム跡だ。

そしてホーム跡に立って見晴らせば,湯檜曽の集落が眼下に広がっている。こんな高台まで来なければならなかったのだから,当時の利用客はさぞかし大変だったろう。そのままホーム跡に立ち尽くし,往時に思いを馳せてみた。

【参考文献】宮脇俊三編著(1997):鉄道廃線跡を歩くW,JTB,p.170-172


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