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  清滝川・愛宕(愛宕山鉄道・鋼索線)

1.清滝川駅跡地

 

2.清滝川駅跡から続く線路敷跡 3.第一のトンネル

 

4.第二〜三トンネル間の橋梁
(橋梁上)

5.第二〜三トンネル間の橋梁
(下から)

 

6.第三のトンネル内部 7.第三〜四トンネル間の線路敷跡

 

8.行き違い施設 9.愛宕駅跡地

 

10.愛宕駅舎跡

 

11.愛宕駅舎1階 12.愛宕駅舎2階

 

13.駅舎2階から駅前広場をのぞむ 14.登山道から愛宕駅跡への連絡道入口

【駅概略】 ※1944年2月11日廃止

防火の神様として有名な愛宕神社への参拝客の輸送を目的として建設された愛宕山鉄道・鋼索線の発着駅。嵐電・嵐山駅から出ていた平坦線の終着・清滝駅から歩いて10分ほどのところに清滝川駅が,そこから標高差640mほど斜面を登った愛宕神社への登山道近くに愛宕駅があった。遊園地などもあわせて建設され大いに賑わったが,戦時中に不要不急路線に指定されたために廃止となり,戦後も復活することなく現在に至る。廃線跡はほとんどそのまま放置され残っており,愛宕駅の駅舎も崩壊寸前ながら自立して残っている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

清滝川(きよたきがわ)

所在地

京都府京都市右京区嵯峨清滝観喜山町
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1929年7月25日

乗降客数

駅名のルーツ

駅名

愛宕(あたご)

所在地

京都府京都市右京区嵯峨清滝月ノ輪町
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1929年7月25日

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1930年10月

?往復

1942年11月

?往復

 

【訪問記】(2008年4月)

京都・嵐山の北西に,愛宕山という山がある。防火の神様として有名な愛宕神社が山頂に鎮座しており,参拝者の輸送を目的に戦時中まで愛宕山鉄道のケーブル線が麓から走っていたという。地元に近いこともあって昔から関心があったし,参考文献に載っている終点・愛宕駅の駅舎は映画のロケ地かと思うほど見事に荒れ果てていて心惹かれるものがあった。いつか廃線跡をたどってみたい,愛宕駅舎とご対面したいと密かに思い続けていたが,完全な山中にあって荒れるがまま放置されているらしく,単独行での探索を長年ためらっていた。ところへ,ひょんなことから同行を希望する奇特な2人を得ることになり,ついに探索を実行に移すことになった。

JR嵯峨嵐山駅近くの「野の宮」バス停から京都バスに乗り,一路清滝へ。この道も愛宕山鉄道・平坦線の廃線跡を転用したもので,痕跡を見つけるべく車窓を注視するも何も見つからず,終点の一つ手前の「愛宕寺前」バス停で下車。平坦線の唯一の遺構と言える清滝トンネルを徒歩で通過して禊を終え,10分ほど歩いてケーブル線の始発駅・清滝川駅跡地に到着した(写真1)。

ホームや線路,駅舎はさすがに残っていない。しかし,駅へと上がる階段が半分崩れながらも辛うじて残っている。また,うまい具合に,ホームがあったであろう部分が草地に,線路が敷かれていたであろう部分が砂利道になっていて,しばらくたたずんでいると現役の駅にいるような錯覚に陥ってくる。斜面の傾斜とともに,ケーブル線駅跡の雰囲気満点だ。

ここで山中行軍の装備を整え,いよいよ山頂駅に向けて廃線跡に分け入る(写真2)。最初は左に一般の登山道が並行するもすぐに別れ,3人だけの行軍となる。線路跡には草が生え苔が生し,あるいは落ち葉が降り積もり倒木が横たわるも,比較的容易に歩くことができる。すぐに第一のトンネルが現れた(写真3)。このトンネルは短く,すでに出口が見えている。ケーブルカーの乗客になった気分で一気に通り抜けた。

さらに進んで第二のトンネルを抜けると,橋梁がある。橋梁の上には木が生えており,幹の太さがときの経過を感じさせ美しい(写真4)。下から眺めても,高速道路の橋脚と見まがうほどしっかりしており(写真5),廃止から60余年を経たとは思えない。見晴らしがいいこともあって,ここでしばしの休憩をとった。

続いて第三のトンネルが現れる。このトンネルは内部が崩壊しており(写真6),迂回しなければならない。地図とにらめっこしながら,右の谷側を巻いていこうか,あるいは左の尾根側を強行突破しようか,と考える。結論から言うと,右に向かえばやがて通りよい道に出て簡単に迂回できたのだが,何も調べずにやって来たこの3人組は,左の急斜面を勢いよくかけ登り始めた。

茂みをかき分け,道なき道を行く。もうかなり来ているはずなのに,第三のトンネルの出口側は見つからない。遭難の感も出てきたまさにそのとき,山中にひっそり残る線路敷跡を発見した(写真7)。ちょっと下るとトンネルがあり,内部が崩壊している。第三のトンネルの出口側に違いない。行軍に疲れ果てたのと安堵したのとで,再びそこに座り込んでしばしの休憩とした。

行軍を再開する。トンネルがあり橋梁があり,草が生え苔が生している。ところどころ見晴らしのいいところがあり,休憩をとる。第五のトンネルも内部が崩壊しており,迂回しようとして一般登山道にあらぬところから出てしまい,再び線路敷に戻るべくまたあらぬところから藪に分け入ったりしたから,一般の登山客に変な眼で見られたりした。・・・が,いずれにしても,廃線跡の状況はこれまでと大して変わらない。この日撮った写真をあとで見返してみても,どれがどこで撮ったもので,どれがどのトンネルでどの橋梁なのか,見分けがつかない。写真が順番に並んでいて,撮影時刻が記録されているからどれがどこだか分かるのであって,シャッフルされてしまえばこの訪問記を書くことすらままならないほど似たような写真が並んでいる。ので,逐一状況をしたためて写真を載せるのはやめて,先を急ごうと思う。・・・が,ただ一つ,中間地点にあった行き違い施設だけは紹介しておきたい(写真8)。

こうしてついに終点の愛宕駅跡地(写真9)に到着した。はやる気持ちを抑えて駅正面にまわると,ものの見事に荒れ果てた愛宕駅舎が全貌を現した(写真10)。窓は割れ蔦が這い,コンクリートは剥がれおちて鉄筋がむき出しになっているが,自然に荒れるがまま放置され廃墟と化したがゆえの美しさがある。ずっと訪問したいと思いながら,長いこと会えずじまいだった憧れの廃駅舎。それが,いま,何も臆することなく,何も恥じることなく,私の前に堂々とその姿を見せている。

・・・・・・。・・・・・・,・・・・・・・・・。

・・・言葉が出ない。言葉は必要でない。言葉では言い表せない。得もいわれぬ感動を禁じ得ず,同行の2人に変な眼で見られつつも,またしばしここに立ちつくして,往時の姿に思いを馳せた。

・・・・・・。

駅舎の中に入ってみる(写真11)。底が抜けてしまいそうなので,おそるおそる一歩一歩進んでいく。屋根はただれ,タイルは剥がれおち,幽霊屋敷も同然となっている。その一角に階段があるので,2階にも上がってみる(写真12)。これまた崩壊してしまいそうなので,隊列を組んで,2人が同時に階段上にいないよう気をつけながら,おそるおそる一歩一歩踏みしめていく。1階同様,屋根はただれ,タイルは剥がれおち,幽霊屋敷も同然となっている。テラスがあったので出てみる。往時は眺めが良かったはずだが,今は樹木が生い茂って眺望はきかない。こんなことからも時間の経過を実感した。

・・・・・・。

これにて探索は終了。駅前広場(写真13)に座り込み,ちょっと遅い昼食をとる。往時は麓から到着した多くの参拝客がここから愛宕神社に向けて歩き出し,あるいは参拝を終えてここから家路に就いたはずだ。さぞかし賑わったに違いない。昼食を終えた私たちも,往時に思いを馳せながら,往時の参拝客と同じように,駅から登山道への連絡道(写真14)を経て愛宕神社に向けて歩き始めた。


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