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  動橋・片山津(北陸鉄道・片山津線)

1.動橋駅跡地

 

2.車道に転用された線路跡その1

3.車道に転用された線路跡その2

 

4.合河駅跡(?)

5.通学路に転用された線路跡

 

6.橋梁跡(合河−片山津本町) 7.農道となって続く線路跡

 

8.片山津駅跡地

【駅概略】 ※1965年9月24日廃止

国鉄(現・JR)北陸本線・動橋駅から片山津温泉までを結んでいた北陸鉄道・片山津線2.7kmの発着駅。温泉に向かう客の輸送を目的に,1914年に開業した。動橋駅のホームは国鉄駅の北側にあり,南側から出ていた北陸鉄道・山代線の新動橋駅とは完全に独立していた。モータリゼーションの進行により同線は赤字に陥り,1965年に廃止・バス転換された。現在,動橋駅跡地は民家と生活道路に,片山津駅跡地は駐車場となっている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

動橋(いぶりはし)

所在地

石川県加賀市動橋町
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1914年4月15日(温泉電軌として)

乗降客数

駅名のルーツ

「動」の古語はユブリ(ゆさぶること)で,ここからイブリとなった。川に架けられていた橋が,人が通るたびに大きく揺れ動いたことから。

駅名

片山津(かたやまづ)

所在地

石川県加賀市片山津温泉
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1914年4月15日(温泉電軌として)

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1925年4月(温泉電軌)

18往復

1944年12月

?往復

1956年12月

?往復

 

【訪問記】(2008年10月)

治承・寿永の内乱で平氏を京都から追い出すという重要な仕事を成し遂げた源義仲の足跡をたどるべく,挙兵の地・信濃から倶利伽羅峠にやって来た。その余勢を駆って,次はややマニアックながら,篠原古戦場を訪れようと思う。

倶利伽羅駅から乗車した普通列車は,定刻14:58に金沢に到着。7分の待ち時間で接続する敦賀行き普通列車に乗り換えさらに行くこと45分,古戦場への最寄り駅である動橋駅に到着した。

動橋の北西約2kmには有名な片山津温泉があり,北陸鉄道・片山津線というのが温泉客を乗せて出ていた。動橋駅には普通列車のみならず特急列車や急行列車も停車して大いに賑わっていたという。ところが,1965年に片山津線が廃止され,さらには動橋駅の隣に加賀温泉駅ができて(正確には作見駅を改称),そちらが加賀温泉郷への玄関口として整備され特急停車駅となると,優等列車は動橋駅を通過するようになった。いまや動橋駅は無人駅となり果て,ローカル駅にしては広い構内に往時の賑わいを偲ばせるのみである。私がホームに降り立つと,一緒に下車した女子高生たちが口々に別れを告げて家路についていった。

さて,目的地の篠原古戦場へはここから歩いて1時間ほどである。そのうち,前半の3分の2は片山津線の廃線跡とかぶっている。退屈な田園地帯を1時間も歩くのは苦痛だろうから,それを紛らわせてくれるのはありがたい。というわけで,歴史探索のついでで申し訳ないが,片山津線の廃線跡を見ていこうと思う。

駅東側の踏切を渡って北側に回ると,北陸鉄道・動橋駅の跡地がある(写真1)。民家に面した普通の路地で,駅跡の雰囲気は微塵もない。参考文献があるからここがそうだと断定できるけれど,なければまず分からなかっただろう。

そこから西に向けて,不自然に幅広い道が続いている(写真2)。そこから今度は北へと大きくカーブし,高校の前に出る(写真3)。カーブの曲率半径などなど鉄道の面影が感じられる。

高校前を通過すると,またまた不自然に道幅が広くなっている場所に出た(写真4)。参考文献によると,この辺りに合河駅があったという。ここがまさにその場所だとは100%断言できないけれど,いかにもそれっぽいので,ここがそうだと思うことにした。

ここから先は車の通れない通学路となっている(写真5)。途中,橋梁が一部手を加えられながらも残っており(写真6),雰囲気を盛り上げてくれる。さらに舗装路から農道となっても(写真7),廃線跡は分かりやすく続いていく。この辺りに片山津本町駅というのがあったらしいが,道路の拡幅により跡形もなくなっていた。

こうして終点の片山津駅跡地に到着した(写真8)。参考文献では「バスターミナルに変わった」とあったが,今やそれも果て,駐車場になっていた。そういえば,今回の旅の計画を立てるときに,路線バスが利用できないかいろいろ調べたが,加賀市などが運行する観光路線バスしかないことが分かり,愕然としたことを思い出した。かつては鉄道が走っていたほどの区間なのに,今や代替路線バスも廃止とは・・・。

短い秋の日が暮れてきた。古戦場への道を急ぐ。そうするうちにも,温泉へ向かう観光バスが頻繁に横を駆けて行く。かつての鉄道敷は生活道路と化し,鉄道駅は駐車場と化して,いずれにしても交通路ではあるけれど,路線バスも廃止となり,観光バスでドアツードアの快適さを目の当たりにするにつけ,夕暮れ時の風の冷たさが何だか心地よく感じられてきた。


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