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  紅葉山・楓[初代]・登川(国鉄・夕張枝線)

1.紅葉山(駅名標)

 

  2.橋台跡その1   3.橋台跡その2

 

  4.林の中に続く廃線跡   5.橋台跡その3

 

6.5.の対岸に残る橋台跡その4

 

7.楓駅[初代]の跡地

 

  8.鉄板の下の橋台跡その5   9.登川付近に残るホッパー跡

 

10.登川駅跡地(のはず)

【駅概略】 ※1981年7月1日廃止

1981年6月いっぱいで廃止された国鉄・夕張枝線(紅葉山−登川7.6km)にあった駅。夕張枝線はもともと石炭輸送のために建設され,一時は活況を呈したが,1981年10月の石勝線開業に伴って廃止された。この区間にあった3駅のうち,紅葉山駅と楓駅については少し位置をずらして石勝線に受け継がれたが,登川駅は純粋に廃止され,夕鉄バスも駅跡地付近までは行っていない。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

紅葉山(もみじやま)

所在地

北海道夕張市紅葉山
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1892年11月1日(北海道炭礦鉄道として)

乗降客数

駅名のルーツ

付近が紅葉の景勝地であるため。

駅名

楓[初代](かえで)

所在地

北海道夕張市楓
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1907年5月16日(官設鉄道の貨物駅として)

乗降客数

駅名のルーツ

付近に楓が多いことによる。

駅名

登川(のぼりかわ)

所在地

北海道夕張市登川
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1916年7月11日

乗降客数

駅名のルーツ

シ・ホルカ・ペツ(親なる後もどりする川)の意訳からきている。

 

【停車本数データ】(3駅ともに) ※現在は廃止

1925年4月

3往復

1944年12月

5往復

1956年12月

6.5往復

1968年12月

7往復

1979年8月

7往復

 

【訪問記】(2005年10月)

特急列車に乗り,高架の新夕張駅で下車。ここからは風流な名前の駅を有していた夕張枝線の跡を探ってみようと思う。

ホーム下の改札を出ると,さっそく「紅葉山」と書かれた駅名標が目に飛び込んでくる(写真1)。錆び付いていてかなり味わい深い。新夕張駅は紅葉山駅に代わって開業したのだが,厳密にはやや位置がずれていて,駅名標の眼下に広がる駐車場が旧・紅葉山駅の跡地らしい。

そこからいったん国道274号線に出て,登川方面に歩くとすぐに夕張川を渡る紅楓橋に到着した。「橋の跡は比較的残りやすい」との経験則に従い,国道から廃線跡付近を眺めてみる。と,案の定,紅葉山寄りに橋台が残っているのを発見した(写真2)。

紅楓橋を渡り切り,国道と別れて小道に入っていく。地図によるとこちらのほうが廃線跡に近い。さっそく,両端ともきれいに残っている橋台跡を発見した(写真3)。

しかし,そこからは歩いても歩いても何も見つからなくなる。どうやら今歩いているこの小道こそが廃線跡のようだ。この小道はこの広さと舗装をもってしても「農道」で,平成11年に完成したとある。昔は多くの貨物列車がにぎやかに往来した鉄道の末路が農道とは悲しい。

そのまま道なりに農道を行く。最近できた道なので,持ってきた地図とは微妙に食い違っている。鉄道の痕跡も全く見つからない。農道に食いつぶされて何も残っていないだろうというあきらめもある。あるけど,一応周囲をきょろきょろ見回してみる。みるけど,やっぱり何もない。

そうするうちに農道はホロカクルキ川を渡り,にわかに急カーブと登り勾配を伴うようになった。危うくそのまま進みそうになったが,鉄道が通っていたにしてはカーブも勾配も急すぎる。野生の勘が働き,いま一度周囲をじっくり探索していると,ここよりやや高い位置を走っている国道274号線に向けて,砂利道が延びているのが目に留まった。

これしか選択肢がないので,この砂利道に入る。と,すぐにあやしげな小道と交わり,それが林の中を登川方面に延びているのを発見した(写真4)。これだ,間違いない。すっかり機嫌を良くして,熊の出そうなその小道を軽快に進んでいった。

その小道はよく手入れされていて歩きよかったが,途中から急に草が生い茂るようになり,それを掻き分けて進むとやがて小川に行き着いて行き止まりとなった。しかし,例の経験則に従ってよく見てみると,両岸にしっかり痕跡が残っていた(写真5,6)。

草を掻き分けて引き返し,草を掻き分けて国道274号線に出る。ここから登川方面に向けて痕跡を探しながら歩くも何も見つからない。そうするうちに初代・楓駅跡地に到着した。

「到着した」と書いたけど,無残に国道に食い荒らされ,つい見過ごしてしまいそうなところにある。ここが跡地だという自信も証拠も本当はない。ないけど,参考文献にここだと書いてあるのでここだと思うことにし,写真を撮ってみた(写真7)。

国道からそれて,楓の集落内も探してみる。廃校の跡,北炭楓坑事務所の跡,ホッパーの跡などはあるのだが,自信を持って鉄道の跡だと言えるものはなかった。

だんだん時間がなくなってきた。先を急ごう。

再び国道に戻り,去年廃止された2代目・楓駅の様子を見物しつつ,再び国道から左にそれて小道に入る。しばらく行くと夕鉄バスの「登川」というバス停があり,そこからすぐの左手には公園の跡がある。さらに行くと左手に鉄板に敷かれた哀れな橋台跡を発見(写真8)。そこからわずかな人家を右手に,廃線跡の築堤を左手に見つつ進むと再びわずかな人家が現れ,そこからさらに行くと何もない山中に行き着いた。

山裾には味わい深いホッパーの跡が残っていて(写真9),ここが登川駅の跡地なんだと思わせてくれる。が,それ以外には何もない。何も残っていない。こんな山奥に駅があったというのも本当は信じがたい。しかも,最近敷かれたとおぼしき砂利道がふてぶてしく真ん中を縦断していて,道東自動車道の工事関係者らしき車が私を変な目で見ながら通っていく。このように鉄道の面影は全くないのだけど,参考文献にここが登川駅跡地だと書いてあるのでここだと思うことにし,写真を撮ってみた(写真10)。

ここで時間切れ。急いで登川のバス停まで引き返し,待っていた夕鉄バスに乗り込む。

それにしても・・・・・・。

今回探索した夕張枝線には「紅葉山」や「楓」といった風流な名前の駅があり,周囲の山々はその名前に負けず劣らず鮮やかに色づいていてとても綺麗だった。だけど,紅葉山駅は駐車場,楓駅は国道274号線,登川駅は道東自動車道と,三者三様に車社会の餌食になっている。秋を連想させる駅名からして時宜を得た廃線跡歩きではあったけれど,それゆえに彼らの悲惨な現状が際立って見えた気がした。


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