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  国鉄・宗谷本線旧線(雄信内−上雄信内)

1.旧線(右手)と新線(左手)との分岐点付近

 

2.車道に転用された旧線の橋梁

 

3.橋梁跡その1

 

4.橋梁跡その2

【路線概略】 ※1965年7月15日新線に移行

上雄信内(2001年廃止)−雄信内間に残る宗谷本線旧線跡。もともと宗谷本線は天塩川の流れに忠実に沿って敷設されたが,この区間は天塩川が山肌をえぐるように深く湾曲し,地すべりや雪崩などが多発したため,1965年に下平トンネルを経由する新線(現在線)に切り替えられた。廃棄された旧線のうち,一部は上雄信内周辺へ通じる道に転用されている。

 

【路線データ】 ※現在は新線に移行

区間

雄信内(おのっぷない)−上雄信内(かみおのっぷない)
路線周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

営業キロ

2.4km

開業

1925年7月20日(天塩南線として)

運行本数

6往復(1956年12月現在,旅客列車のみで)

廃止

1965年7月15日

 

【訪問記】(2005年10月)

JR雄信内駅で下車。駅周辺を散策したあと,2001年に廃止された上雄信内駅跡に向かって歩き出す。

が,その途中にも見るべきものがある。1965年に廃棄されたこの区間の旧線跡である。この旧線跡を歩くにあたって参照すべき適当な文献は見つからなかったが,手元にはもっといい資料がある。国土地理院のホームページで閲覧できる2万5千分の1地形図である。

この地域のそれを見ていただくと,雄信内から延びてきた宗谷本線(現在線)が左にカーブしてトンネルに入る手前で,駅前から延びてきた車道が不自然に線路に接しているところがある(写真1の辺り)。たまたま接している,というより,わざわざ接しに行っている感がある。これはおかしい。ここから先の車道はおそらく転用された旧線跡だろう。

というわけで,さっそくその車道を歩いてみる。舗装されていて鉄道の面影はないが,やがて右手に天塩川が見えてくると,ついつい「あっ!」と声を上げてしまった。天塩川の右岸側にかかる橋がいかにも鉄道用橋梁といった趣なのだ(写真2)。

近づいてよく見てみる。40年前に廃棄されたにしては新しい。お色直しされたようである。が,それもよい。ようやく鉄道っぽいものが現れて安心した。

橋をわたると天塩川と別れ,T字路に出た。直進すると農道,右に折れると舗装路の続きである。線路の敷き方を考えるに,急に右に折れるのはおかしい。だから直進する。

その農道は緩やかに左にカーブし,やがてトンネルから出てきた現在線と交差した。が,予想外の光景が広がっている。なんと,農道と現在線とは立体交差しているではないか。しかもほとんど直角に交差している。これはおかしい。同じ高さで緩やかに現在線と合流していないとおかしいのだが・・・。どうやらこの農道は廃線跡ではないらしい・・・。

そんな野生の勘が働いて,いま来たほうへ引き返そうとした。と,ふと左手を見ると,橋梁跡(写真3)が目に飛び込んできた。「おぉっ!」と感嘆の声を上げる。どこにでもありそうな普通の橋梁跡だけど,迷いかけたところでやっと姿を見せるとは憎らしい。

やっぱりこの農道は廃線跡から外れていたようだ。もう一度地形図を見直すと,先ほどのT字路から橋梁跡につながる緩やかな点線が途切れ途切れに描かれていることに気づいた。どうも旧線の築堤跡を示しているらしい。さすがは2万5千分の1地形図,かゆいところまで手が届いている。こんな使われ方をするのは彼にとって心外だろうが,こちらはすっかりファンになってしまった。

点線に沿って歩きたい。が,草が生い茂っていて侵入できない。あきらめていったん農道を引き返し,T字路から上雄信内に向かう舗装路に入り,上雄信内駅跡に到達した。

駅跡を探索しつつ,線路脇を雄信内方面に引き返して,例の点線付近をじっと眺める。と,ここで,デジャブ(既視感)に襲われる。どこかで見たような,というより,ついさっき見た橋梁跡にそっくりな橋梁跡(写真4)が姿を現したからである。

最初はさっきの橋梁跡を別の角度から見ているのかと思ったぐらいそっくりだ。そっくりだけど,地図を見返すとやっぱり別地点であり,別物である。う〜む・・・・・・。まだ信じられないけれど,とりあえず写真を撮ってみることにした。

と,ここで,雨が降り出す。さっきからピリピリはしていたが,ついに本格的に降り出してきた。傘を取り出し,広げる。そうする間にも雨は勢いを増し,ついには雷まで鳴り始めた。

よくある普通のにわか雨なのだけど,北の大地のそれはとても厳しい。叩きつけるような大粒の雨と地の割れるような雷鳴が容赦なく襲い掛かってくる。今年は落雷に遭ったというニュースもよく聞く。そんなわけで,今考えるとあまりに笑える話だが,私はこのとき死を覚悟した。

傘を差したまま線路脇にしゃがみこむ。体が震える。死を本当に覚悟したとき,人間の体というのは震えるものらしい。ふだん「別に死んでも良い」なんて言っている人は本当に死を覚悟したことがない人だろう・・・。そもそも,廃線跡歩きをしていて雷に打たれたなんて末代までの恥である・・・。

しゃがみこんで30分,そんなのん気なことを考え始めると,にわかに雷は去り,雨脚は弱まってきた。ふぅ〜〜っ。やれやれ。

・・・・・・とまぁ,こんな目に遭っても,やっぱり廃線跡歩きはやめられないだろうな,と思う。


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