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  屋島登山口・屋島山上(屋島登山鉄道)

 

1.屋島全景
(ケーブル廃線跡が見える)

 

 

2.屋島登山口駅(駅舎)

 

 

3-1.屋島山上駅(駅前通り)

 

 

3-2.屋島山上駅(駅舎)

 

 

3-3.屋島山上駅(ホーム)

【駅概略】 ※2005年8月31日廃止

屋島の麓と山上を結んでいたケーブル線の発着駅。山上には四国八十八ヶ所霊場第84番札所・屋島寺もあり,お遍路や観光客でにぎわっていた。しかし,1961年に屋島ドライブウェイが開通し,また屋島観光自体の衰退もあって,乗客数がピーク時の40分の1にまで落ち込んだため,2004年10月に営業を休止,2005年8月に予定を早めて廃止された。現在,駅舎や車両はほぼそのまま放置されている。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

屋島登山口(やしまとざんぐち)

所在地

香川県高松市屋島中町
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1929年4月21日(屋島神社前として)

乗降客数

駅名のルーツ

駅名

屋島山上(やしまさんじょう)

所在地

香川県高松市屋島東町
駅周辺の地形図へ(国土地理院提供)

開業

1929年4月21日(屋島南嶺として)

乗降客数

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1930年10月

82往復

1944年12月

(営業休止中)

1956年12月

28往復

1968年12月

57往復

1987年4月

?往復

2004年3月

28往復

 

【訪問記】(2008年12月)

一ノ谷の戦いで敗れ讃岐に逃れた平氏を打倒すべく西へ向かった源義経を追って,私も和歌山港からフェリーに乗り徳島に上陸,一泊して高徳線の普通列車に乗り,志度でことでんに乗り換えて,屋島にやって来た。こんな回り道をしたのも,大坂を出港して淡路島の南を回って阿波に上陸,陸路屋島に向かったという義経のルートに少しでも近づけたかったからである。

まずは屋島古戦場を高みから一望したい。あと25分ほどで屋島山上行きのバスが駅前にやって来る。・・・が,その前に,待ち時間を利用して,2005年に廃止された屋島ケーブルの屋島登山口駅跡の様子を見に行くことにした。

現在,公共交通機関で屋島山上に行こうとする場合,1時間に1本出ているJR屋島駅発琴電屋島駅経由の屋島山上行きことでんバスを利用することになる。が,2005年までは屋島の南斜面を走るケーブルカーがあり,山上にある屋島寺への参拝客や観光客を運んでいた。ドライブウェイの開通などで客が減り,あえなく廃止となったそのケーブルの遺構を,線としてたどる気にはなれないし,たどろうとしても物理的に無理だろうけど,起点・終点ぐらいはつまみ食いしていこうというわけだ。

琴電屋島駅から北へ続く上り坂(写真1)を民家に挟まれながら登っていくと,5分ほどで屋島登山口駅跡に到着した(写真2)。かつての駅前通りに人影はなく,両脇にある食堂(廃業済み?)や旅館がケーブルカーで賑わっていたころの雰囲気をかろうじて留めている。

駅舎の前まで来た。今までの経験からして,廃止された駅施設は施錠されて中に入れないことが多い。ここもどうせ駄目だろうと思いながら扉に手をかけると,案の定拒否された。

・・・と,「親切マップ」なるものが置いてあるのに気付いた。「元気YASHIMAを創ろう会」発行で,徒歩で屋島山上に向かうルートが説明してある。ケーブルカーで屋島に登ろうとしていた人向けなら,私が15分後ぐらいに乗ろうとしているバスのことを教えてあげれば,と思うが,そんな私もなぜか一枚いただいていくことにした。

今来た道を戻り,バスに乗って屋島山上に到着。屋島は溶岩台地で,頂上は広い平坦地となっている。まずは屋島寺にお参りし,そこから時計回りに獅子ノ霊巌,談古嶺とめぐって屋島古戦場を一望し,「この辺りに平氏が舫いでいるところに後ろから義経軍が襲いかかったのだな」などとやっているうちに,山頂平坦地の南端にある山上駅跡が見えてきた(写真3-1)。

駅前広場の両側に,土産物屋と食堂とおぼしき建物がある。どちらも今は廃業しており,荒れるがまま放置されている。登山口駅と違って他に民家などの建物がない分だけ,侘しさと寂しさが強調されているように感じた。

駅舎(写真3-2)の目の前まで来た。今までの経験からして,廃止された駅施設は施錠されて中に入れないことが多い。ここもどうせ駄目だろうと思いながら扉に手をかけると,案の定拒否された。

・・・と,ふと裏手を見てみると,ホームには行けるようになっているのに気付いた。これ幸いとさっそくホームに行ってみる(写真3-3)。と,青で「2」と書かれたケーブルカーが現役時代さながらに停車していた。「やしまさんじょう」と書かれた味わい深い駅名標も残っている。どれをどこからどう見ても,廃止されたケーブル線のそれではない。・・・が,悲しいかな,これを運行すべきスタッフと,これを利用すべき乗客の姿だけはどこからどう見てもどこにも見当たらなかった。

・・・・・・,・・・・・・。

高みの見物はこれにて終了。次は下に降りて源平合戦に関わるさまざまな史跡をめぐりたい。ので,屋島東側の登山道を下っていくことにした。


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