ホーム > 秘境駅の情景 > 東追分

ホーム > 廃駅跡の情景 > 東追分【現役時代の様子】


  東追分(JR北海道・石勝線)

1.ホーム(新夕張方面をのぞむ)

 

2.待合室と跨線橋

 

3.追分方面から迎えにやって来た普通列車(跨線橋からのぞむ)

【駅概略】 ※2016年3月26日廃止

JR追分駅から石勝線を東へ1駅,4.0kmの地点にあった無人駅。追分と夕張を結ぶ国鉄夕張線の駅として開業し、1981年の石勝線開業に伴い石勝線に編入された。2面2線のホームを有し、跨線橋の入り口付近が待合室を兼ねていた。駅周辺はわずかな民家と田畑が広がるのみだった。2012年2月には、駅構内のシェルター(札幌側)で貨物列車が脱線する事故が発生した。1日平均の乗車人員が1名以下と極端に少なくなったことから、2016年3月に廃止された。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

東追分(ひがしおいわけ)

所在地

北海道勇払郡安平町追分美園
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1965年3月1日(夕張線として)

乗降客数

駅名のルーツ

追分駅よりも東方にできたことによる。

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1965年10月(夕張線)

4往復

1968年12月(夕張線)

5往復

1987年4月

5.5往復

2015年3月

6.5往復

 

【訪問記】(2015年9月)

2015年度JR北海道廃止予定駅訪問シリーズ第3弾。JR北海道が経営立て直しのため、極端に利用の少ない9駅の廃止を打ち出した。こうした駅は非常に魅力的な駅であることが多く、きわめて衝撃的かつ残念な話ではあるが、廃止が覆される可能性は低いと思われる。とにかく、廃止される前に訪問しておきたい。9駅のうち、小幌、上白滝、旧白滝下白滝の4駅は訪問済みなので、残る5駅を訪問するプランを考え、さっそく実行に移すこととする。

第3弾は東追分駅。同じく廃止が打ち出された十三里駅から普通列車に乗り、揺られること20分、東追分駅に到着した。雲が広がるどんよりとした天気だが、先ほどの雨は運よく止んでいる。

ホームを観察する。2面2線のかなり立派なホームで、跨線橋の入り口付近が待合室を兼ねている。先の十三里駅と全く同じことを書いてしまうぐらい、駅の構造はよく似ている。

下り線ホームから北西方を見やると、なだらかな丘一面にトウモロコシ畑が広がっている。折しも青空が見え始め、黄と緑とのコントラストが美しい。「ひがしおいわけ」の味わい深い縦書き駅名標とともに、写真に収めた。

ホームを出て、駅周辺の散策に出る。駅前通りは未舗装路となっており、先の雨でできた水たまりを避けながら線路沿いを北東に歩くと、踏切に出た。現在の東追分駅は石勝線が開業する直前に移転しており、夕張線時代にはこの踏切南側付近(今歩いてきた未舗装路沿い)に1面1線のホームがあったという。確かに、この未舗装路はホームがあった部分を避けるように不自然にカーブしている。ホームそのものの痕跡は見当たらないが、駅があった雰囲気は残している。にわかに踏切が鳴り、新夕張方面からやって来た特急「スーパーおおぞら6号」が眼前を高速で駆け抜けていった。

駅周辺に見えるのはわずかばかりの民家と田畑のみだ。なぜこんなところに駅を造ったのだろう。道央と道東を結ぶ大幹線の石勝線にあって、行き違い設備が欲しくなり、どうせなら旅客扱いもしてしまおうということだったのか。だが、夕張線時代から1面1線のホームを有する駅だったことを考えると、昔はそれなりに住民がいて利用者がいたのだろうと思い直した。

ホームに戻る。15:26、迎えの夕張行き普通列車がやって来た。乗り込んで、東追分駅をあとにする。今回はこれで打ち止めにし、家に帰ることにする。


ホーム > 秘境駅の情景 > 東追分

ホーム > 廃駅跡の情景 > 東追分【現役時代の様子】