ホーム > 秘境駅の情景 > 東鹿越

  東鹿越(JR北海道・根室本線)

1.駅舎

 

2.新得方面をのぞむ

 

3.駅前通り

 

4.富良野方面から迎えにやって来た列車

【駅概略】

JR富良野駅から根室本線を東へ5駅,40.2kmの地点にある無人駅。1面2線のホームと小さな駅舎がある。もともと信号所として開設され,1946年から客扱いをするようになった。駅近くの山から石灰石が採れることから,以前は当駅発の貨物列車も運転されていたが,1997年に廃止された。その名残で駅構内は側線が複数あるなど非常に広い。駅前には「かなやま湖」が広がるのみで何もないが,西へ少し行ったところに小さな集落が広がっている。

 

【駅データ】

駅名

東鹿越(ひがししかごえ)

所在地

北海道空知郡南富良野町東鹿越
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1946年3月1日

乗降客数

駅名のルーツ

鹿越とは「ユク・ルペシペ(鹿の越える道)」を意訳してできた地名である。

 

【停車本数データ】

1956年12月

6往復

1968年12月

7往復

1987年4月

6.5往復

2006年10月

6往復

 

【訪問記】(2006年10月)

朝早い富良野駅のホームの一角に,帯広行き始発普通列車が入ってきた。4分間停車したあと,意外とたくさん乗っている学生たちとともに,人跡まれな北海道の中央部を再び走り始めた。

ときに小さな集落が現れ,応じて小さな無人駅に停まる。わずかな乗車があり,相応の降車がある。それを繰り返すこと5回目,ついに私も後者の立場となった。

去っていった列車を見送り,まずは駅構内を観察する。ホームは1面2線タイプだが,それ以外にもホーム南側に側線がたくさん敷かれている。駅のすぐ裏手にも大きな工場のような建物が見える。この地が石灰石の産出地で,この駅がその輸送の拠点だったことが偲ばれる。1977年に撮影された空中写真にも,側線に停車中の貨物列車が写っている。

駅を出て,駅前通りに出る。目の前には人造のかなやま湖が広がっている。持参した地形図によると,駅を出て右側(東側)には何もなさそうだが,左(西側)に行くとちょっとした集落があるようだ。次の目的地もこちら側にあるので,西に向かう。鉱業所からせわしなく響いてくる音の中,30年前に撮影された空中写真と現在の地形図,そして目の前に広がる現実とを相互に比較しながら,石灰で白くなった道路を一歩一歩ゆっくりと進んでいく。

駅を出てわずか1分,さっそく足を止める。

空中写真東鹿越駅のすぐ北西側には,湖岸沿いの駅前通りと線路との間に建物がびっしりと詰まっている。
地形図建物のマークが極端に減っている。
現実建物はわずかにも確かにそこにあって自立しているものの,使われている気配がない。

さらに西へと向かう。まもなくT字路に行き当たる。

空中写真その両脇には似たような形態の建物が並んでいる。
地形図T字路の北側角には郵便局のマークも見える。
現実建物の数が総じて減っている。郵便局ももはや存在しない。

T字路を左に折れ,根室本線の下をくぐり,目の前に広がる鉱業所を横目で見つつ,すぐに右に折れる。

空中写真その突き当りには校庭が,その南側には校舎らしき建物が見える。
地形図「文」の文字が描かれている。
現実小学校はすでに廃校となり,「南富良野町地域交流センター」に生まれ変わっている。

道なりに進んで学校跡を右目に見つつ,また道なりに右に折れて小川を渡る。

空中写真道の北側には森の中に隠れるように家々が細々と見える。
地形図「開進」といういかにも開拓地っぽい地名が見える。しかし,空中写真と比べると建物のマークは激減している。
現実うっかり見過ごしてしまいそうなほど「開進」の集落は壊滅状態にある。もはや元の自然に還ってしまった感すらある。

かように人気のない東鹿越の集落はここで途切れた。それでも私は今来た道をさらに奥へ奥へと進んでいく。にわかに道が狭くなり,ますます人気のない完全な山道となった。クマ除けに鈴を取り出し,賑やかに鳴らし始める。口笛なんかも吹き始めてみる。そこまでしてでも次に目指すのは,いまいち詳細のよく分からない鹿越駅の跡地である。


ホーム > 秘境駅の情景 > 東鹿越