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  生野(JR北海道・石北本線)

1.駅遠景

 

2.ホーム(北見方面をのぞむ)

 

3.待合室内部

 

4.遠軽方面から迎えにやって来た列車

【駅概略】

遠軽駅から北見方面へ2駅,11.9kmの地点にある無人駅。牧場などが点在する原野の中に,1面1線の非常に簡素なホームがぽつんとある。ホーム脇には待合室と思われる黄色い廃マイクロバスが置いてある。普通列車でも通過するものが多く,停車本数は非常に少ない。

 

【駅データ】

駅名

生野(いくの)

所在地

北海道紋別郡遠軽町生田原豊原
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1946年12月1日仮乗降場として開業,1987年3月31日駅に昇格

乗降客数

駅名のルーツ

字義通りなら,新しい耕地が生まれたの意。

 

【停車本数データ】

1972年10月

1往復(仮乗降場)

1987年4月

2.5往復(駅)

2006年1月

下り3本,上り1本(駅)

 

【訪問記】(2006年2月)

瀬戸瀬駅近くから遠軽行き北見バスに乗車。終点の遠軽で30分ほど待ち合わせた後,今度は北見行き北見バスに乗り込む。

目指すは生野駅。駅前を242号線が通っており,遠軽−北見間の北見バスが走っている。生野駅は列車本数が非常に少ないので,往路はバスを利用することにした。

このまま乗り続けて,「豊原54号」というバス停で降りれば生野駅はすぐ目の前である。が,そうすると生野駅で1時間半待たねばならない。この季節にそんなことをすれば凍死は確実だ。ので,生野駅の約4km手前,「安国」というバス停で下車して,歩いて向かうことにした。

それなりに人気のある安国の集落を抜け,養護学校「ひまわり学園」の前を通ると,国道242号線に出た。そこから石北本線に沿って南下し始める。北海道に来て以来,慣れない雪道用の靴でひたすら歩いているので,マメができてつぶれて痛い。

「無名橋」というのがある。名前の無い橋ということか,それとも「無名」という名の橋ということか。どっちでもいいけど,とにかくそういう小さな橋を渡る。

マメのつぶれた足を引きずり引きずり歩くこと約1時間,ついに生野駅を視界に捕らえた。が,地図を持っていて地図を信じているから「視界に捕らえた」と思い込んでるだけで,本当は駅らしきものは何も見えない。

・・・・・・おかしい。地図によるとこっちにあるはずだが・・・。

いま一度,目の前に広がる雪原をじっと見つめてみる(写真1)。と,視界のほぼ中央,赤い屋根の牧場の右手前に,ホームのようなものがあるのに気づいた。

・・・・・・まさかあれか!?

やや興奮しつつ,一歩ずつ近づいていく。

やがて目の前に生野駅がその姿を現した(写真2)。やっぱりあれが生野駅だったようだ。視界に入っているのにその存在に気づかない生野駅。その奥ゆかしさにはどこか心惹かれるものがある。

ホームに立つ。これ以上無理なほど簡素化されたホームだ。さっきもそうだったけど,駅としての存在感や貫禄は全く感じられない。もともと仮乗降場として開業しただけはある。

ホーム横に,生野駅をひときわ有名にしている黄色いマイクロバスがある。この季節は雪に埋もれて中には入れまいと思っていたが,見ると何とか入れそうだ。というわけで,雪に足を取られつつ中に闖入してみる。

と,座布団が置いてあった(写真3)。ということは,ここは待合室ということか。この季節は(この季節じゃなくても)このマイクロバスを待合室として利用するのは難しいと思う。あと,こういう駅定番の駅ノートも置いてある。パラパラと瞥見し,こんな駅を訪問する物好きが他にもたくさんいることを再確認した。

積雪に足を取られつつ,ホームに戻る。夜が迫り,異常な寒さが襲ってきた。今になって,さっきまでいたマイクロバスの車内がそれなりに暖かかったように感じられる。戻ろうかとも思ったけど,雪に足が埋まりズボンが濡れるのが嫌でやめた。やっぱりこのマイクロバスは待合室としては使えない。

迎えの普通列車がようやくやって来た(写真4)。目の前で停車し,扉が開いたのでさっそく乗り込もうとする。と,その前に,1人の男子高校生が定期券を見せて下車していった。どうやら毎日の通学に生野駅を利用しているらしい。

似たような境遇にある近隣の新栄野駅(遠軽駅を挟んで生野駅の反対側にある)の廃止が決定した今,生野駅も危ないのではと思っていた。しかし,JRとしては利用者が1人でもいる限りは廃止しないと思われる。だから,彼がいる限り生野駅は安泰だ。異常な寒さから解放されたこともあって,私は大いに安心して生野駅をあとにした。


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