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  特牛(JR西日本・山陰本線)

1.駅舎

 

2.長門市方面をのぞむ

 

3.撤去された下り側線路

 

4.角島灯台

【駅概略】

長門市駅から山陰本線を西へ7駅,31.5kmの地点にある簡易委託駅。1面1線のホームと駅舎がある。駅自体は人家も少ない山間部にあるが,2kmほど離れた日本海沿いに駅と同名の集落があり,その集落や日本海に浮かぶ角島に至るバスが駅前を発着している。「特牛」は「こっとい」と読み,全国屈指の難読駅名として有名。

 

【駅データ】

駅名

特牛(こっとい)

所在地

山口県下関市豊北町神田
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1928年9月9日

乗降客数

駅名のルーツ

コツトイとは牛の古語「コトヒ」とも,また岬をいう「コツト」からともいう。

 

【停車本数データ】

1930年10月(国鉄小串線)

7往復

1944年12月(国鉄)

6.5往復

1956年12月(国鉄)

9.5往復

1968年12月(国鉄)

13往復

1987年4月

15往復

2006年11月

13.5往復

 

【訪問記】(2006年11月)

長門市駅から仙崎駅までの仙崎支線わずか2.2kmの乗りつぶしをこなし,バスで長門市駅まで戻ったあと,今度は本線の下り普通列車に乗り,特牛駅で下車した。

それにしても「特牛」とは何という駅名だろう。間違えて「とくぎゅう」などとは読めても,どうひっくり返っても「こっとい」とは読めない。つくづく地名とはおもしろいものだと思う。

さて,何のひねりもなく難読でもない名前を持つ私とその同行者は,「おや」という思いを隠せずに特牛駅のホームに降り立った。というのも,草むしりなどの作業に精を出しておられる人影が駅の内外に数多く見えたからである。察するに,町内の清掃活動の最中のようだ。

迎えの下り列車が来るのは2時間後である。それまでの間,のどかな駅周辺を散策したり海沿いにある特牛の集落まで歩いて往復したりして過ごそうか,などと考えていたが,どうにもそんな雰囲気ではない。そんなことをしてたら不審者扱いされそうだ。どうしたものかと駅舎の中でオロオロしていると,作業をしていた一人の男性がふと手を止め,我々に話しかけてきた。

「ひょっとして角島(つのしま)に行かれるんですか?だったらもうじきバスが駅前に来ますんで。」

そう言いながら,ご親切にも角島の観光パンフレットまで手渡してくださる。まさか「駅周辺を散策」とか「海沿いの集落まで徒歩で往復」などという普通では理解不能な来駅目的を告げるわけにもいかず,こうなったらいっそのことありがたくご親切に甘えることにして,急遽角島に渡ることにした。

が,角島となると2時間では往復できない。その後も含めて今日1日のプランを根本的に見直すことになる。が,どうにでもなりそうなので,とにもかくにも間もなくやって来たブルーライン交通バスに乗り込んだ。

バスは山間部を西進し,やがて海沿いに開けた特牛の集落に至ると今度は北に向きを変えた。さらに行くと,本州と角島とを隔てる海士ヶ瀬戸に架かる角島大橋が左手に見えてくる。それを渡り切るとそこが目指す角島であった。

そのままバスで島の最奥部まで行き,角島灯台を見物。漁師小屋や鳥居も残る海沿いの「夢崎波の公園」も散策。そうするうちにお昼時になったので,そこから少し歩いた尾山地区にある「はまゆう食堂」で刺身定食をいただく。パンフレットに「漁協婦人部の経営」とある小さな食堂で,主に地元の方が利用されているようだが,これがまたすこぶるうまい。プランを変更して角島に来て本当に良かったと思った。

食堂近くのバス停からバスに乗り,特牛駅に戻る。清掃活動は終了したようだが,先ほど我々に話しかけていただいた男性はまだ駅前におられた。駅を一通り撮影したあと,迎えの列車が来るまでしばしの間,駅のベンチに座っていろいろとお話をする。

男性のこと,我々のこと,山陰線の観光列車のこと,・・・・・・。

察するに,この男性は普段からこうして列車でやって来た観光客(我々は本当はちょっと違うのだが)の案内をされているようだった。出身地に関して我々と意外な共通点があったりして,あっという間に待ち時間は過ぎてしまう。駅周辺をのんびり散策するのもいいが,地元の方とお話をするのもまた良い。やがてやって来た迎えの普通列車に再訪を誓いながら乗り込み,出会いと島の風景と美味に彩られた特牛を名残惜しくもあとにした。


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