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  真幸(JR九州・肥薩線)

1.駅舎

 

2.ホーム(南西をのぞむ)

 

3.ホーム(北東をのぞむ)

 

4.土石流により押し流された巨石

 

5.吉松方面から迎えにやって来た列車

【駅概略】

JR肥薩線・人吉駅から南へ3駅,27.2kmの地点にある無人駅。険しい矢岳峠越えに挑む肥薩線(通称:山線)の途中にあり,肥薩線の駅の中で唯一宮崎県にある。ホームには「真の幸せ」という駅名にちなんで「幸せの鐘」が設置されている。肥薩線のこの区間はもともと鹿児島本線として開業し,現在のJR鹿児島本線や肥薩おれんじ鉄道が開業するまでは幹線として非常に重要な役目を担っていた。古い木造駅舎や有効長の非常に長いZ型のスイッチバックが今も残り,往時を偲ばせる。なお,この付近は土石流の多発地帯であり,駅周辺の人家はほとんどが移転あるいは被災したため,現在は非常に少なくなっている。特に,1972年7月に発生した土石流は大規模かつ悲惨なもので,そのとき流出した約8トンの巨石がホームに保存・展示されている。最近ではリニューアルされた観光列車「いさぶろう」「しんぺい」が運転を開始し,それにあわせて駅舎の整備・保存が進められるなど,観光資源として見直されつつある。

 

【駅データ】

駅名

真幸(まさき)

所在地

宮崎県えびの市内堅
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1911年5月11月(鹿児島本線として)

乗降客数

駅名のルーツ

明治期に吉田と馬関田(まがた)が合併して,古称の真幸院の「真幸」を復称した。柾(まさき)のあるところの意。

 

【停車本数データ】

1925年4月(鹿児島本線)

7往復

1944年12月

5.5往復

1956年12月

6.5往復

1968年12月

9.5往復

1987年4月

8往復

2006年7月

5往復

 

【訪問記】(2006年9月)

大畑駅を訪問した翌日,人吉から吉松行き1番列車に乗車。昨日通った線路の上を再び走り始めた。次に目指すはここから3つ目にある真幸駅である。

真幸駅を初めて訪問したのは3年前だった。訪問したのは今回と同じ9月,時間帯も同じ朝である。列車から降り立った私を待っていたのは有名なスイッチバックと味わい深い木造駅舎,そして駅北側に残る土石流災害の跡だった。いまや駅周辺に人家は少なく,あまりにひっそりとしているのだが,その原因はこの土石流にあるという。普通なら好ましく感じられるこの寂寞感も,ここでは得もいわれぬ悲壮感をともなっている。ある種の決意を新たにこの駅をあとにしたのだった。

さて,それから3年後の今日,私とその同行者を乗せた普通列車は,人吉を出ると球磨川を渡り,すぐに険しい矢岳峠越えに挑み始めた。車窓には人工物のない緑色の世界が続いているが,大畑駅や矢岳駅が折をみては現れ,現在位置を教えてくれる。

人吉を出て約50分,ついに真幸駅に到着。切符を見せ,意気揚々と下車する。・・・・・・と,またもや得も言われぬ悲壮感に襲われた。その理由は3年前と同じなので,ここでは省略する。とにかくあの不憫な真幸駅が良くも悪くも全く変わることなく記憶通りの姿で現れ,とりあえずは何となくにも胸をなでおろした。

真幸駅には見るべきものが多い。ので,同行者をせかしつつ,ただし解説もしっかりしつつ,順番に見てまわることにしよう。

○木造駅舎:味わい深い木造駅舎が今も残っている。ホームと駅舎の間のスペースは石庭風に整備されている。

○ホーム:もともと栄光の鹿児島本線として開業し,長い編成の列車が行き交っていただけあって,ホームは非常に長い。しかし現在は長くても2両編成の列車がやってくるのみである。

○スイッチバック:真幸駅にはZ型のスイッチバックが残っている。通過できない線形なので,今も昔もどんな列車も必ずいったん真幸駅のホームに入らなければならない。(ただし,客扱いをするかどうかは別の話。客扱いをしない旅客列車もあった。)

○幸せの鐘:ホームには駅名にちなんで「幸せの鐘」なるものが設置されている。幸せの度合いに応じて叩くのが正しいようだが,私と同行者はともに叩かないことを選択した。

○山津波記念石:ホーム北東側には1972年7月の土石流で流出した巨石が展示されている。

○引き上げ線の終端(北東側):お決まりとして終端に向かってみる。が,あっけなく短い。ホームが終わったとたんに引き上げ線も終わっている。察するに,もともともっと奥まで続いていた引き上げ線が土石流で押し流され,短くなったと思われる。

○砂防ダム:ホームと引き上げ線(北東側)の先には巨大なコンクリート製の砂防ダムが控えている。地図を見ると,さらに上流にもダムがいくつかあるようだ。ここが土石流の多発地帯であることを再認識させられる。

こうしてようやく全ての「見るべきもの」を見て,一息つく。が,それもつかの間,私は同行者とともに駅から続く坂道を下り始めた。3年前は上に書き並べたものを逐一見て大いに満足したのだが,今はそのような鉄道関係のものよりも駅周囲の状況に興味が移ってきている。多発する土石流のせいですっかり寂しくなってしまったという真幸の集落。こんな土石流の多発する場所で,人々はいったいどんな暮らしを営んでいるのだろうか。そんな,ちょっと不思議な好奇心を胸に,坂道を足早に下り始めた。

U字に曲がった駅からの坂道を下るとすぐに国道447号線に出た。それをさらに南に進むと,ちょっとした高台へと続く小道が右手に分かれる。地図によると,この先には小学校があるらしい。

今まであまりに寂れた集落の片隅にある廃校跡を数多く見てきた。ので,反射的に「もしやここも・・・」と嫌な予感が頭をよぎる。も,とりあえずこの坂道を上りにかかる。と,そのうち,この坂の上のほうから誰かの話し声が聞こえてくるようになった。どうやら地元の方々が校庭でグラウンドゴルフをしておられるようだ。

多発する土石流のせいで真幸の集落はいまやあまりに寂しく,あまりに侘しい。活気も元気もないのは誰もが認めるところだろう。けれども,人間は自然の猛威に負けないしぶとさと力強さを持っている。土石流に襲われても屈せず,もとの生活を取り戻すことができる。取り戻した生活を守るため,安全なところに人家を移したり砂防ダムを造ったりと,あらゆる努力を惜しまない。そう思うと,これまで自分が何の災害も経験せずにのん気に生きてきたことが申し訳ないような,そんな気分になってきた。そう思うと,一致団結して平穏な生活を勝ち取ってきた人々が和気藹々と住む集落に見知らぬ人間がいきなり忍び込んでしまったような,そんな気分にもなってきた。

・・・・・・,・・・・・・・・・。

何となくここに居づらくなった私たちは,やがて身を翻し,今来た道を足早に駅へと引き返していった。


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