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  長谷(JR西日本・三江線)

1.ホーム(口羽方面をのぞむ)

 

2.ホーム(三次方面をのぞむ)

 

3.待合室

 

4.駅入口

【駅概略】

JR三次駅から三江線を3駅,7.5qの地点にある無人駅。江の川をのぞむ高台に,1面1線の簡素なホームと小さな待合室がある。駅周辺には小さな集落があるが,ホームからは見えない。また,国道は江の川の対岸を通っていて,駅前通りの交通量は極めて少なく,非常に静かな環境にある。もともと仮乗降場として開業したこともあり,午前中の上り列車と午後の下り列車は通過するため,停車本数は非常に少ない。三江線で唯一通過列車がある駅となっている。

 

【駅データ】

駅名

長谷(ながたに)

所在地

広島県三次市粟屋町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1969年4月25日(国鉄三江南線の仮乗降場として)

乗降客数

駅名のルーツ

この地が江の川の支流に沿って長い谷状の地形を成していることによる。

 

【停車本数データ】

1973年4月(国鉄三江南線)

?(仮乗降場)

1987年4月

?往復(駅)

1988年3月

2.5往復(駅)

2010年3月

2.5往復(駅)

 

【訪問記】(2010年5月)

三次駅近くに1泊し,元就をはじめとする毛利一族が居城としていた郡山城址を安芸高田市に訪ねた後,三次駅まで戻って三江線の列車に乗る。1日5本しかない三次駅発三江線上り列車の本日3本目の列車である。

定刻14時15分に三次駅を発車した口羽行き普通列車は,三次の市街地を抜けると人跡まれな江の川沿いを走り始めた。今日は申し分のない五月晴れ。どこを見やっても若葉が照り輝いてまぶしい。5月は1年で一番美しい季節だな,と思う。

「なぜこんなところに線路を・・・?」と不思議になるようなところを走ること15分,「なぜこんなところに駅を・・・?」と不思議になるようなところで停車し,扉が開いた。定刻14時30分,長谷駅に到着である。わずかばかりの乗客の視線をかいくぐり,一人ホームに降り立つ。列車はさっさと扉を閉め,行ってしまった。

一人ホームに取り残される。たちまち,のどかな雰囲気に包まれる。目の前には江の川が淀みながら悠々と流れ,その川幅を決めている両岸の山々には黄緑色と深緑色がパッチワークを成している。それ以外の部分は快晴の空で,白みを帯びた淡い青から吸い込まれそうになるくらい澄んだ青までいろいろな青が頭上を彩っている。列車が過ぎ去ったあとの線路はあまりに貧弱で弱々しく,ホームから一段下がったところにあるくたびれた木造の待合室はあまりにけなげでいじらしい。いずれも,9年前に初めて訪問したときと全く変わっていない。しかも長谷駅は本州には珍しい仮乗降場上がりの駅で,午前中の上り列車と午後の下り列車は通過するというダイヤ設定にその名残をとどめている。周囲の雰囲気,駅の雰囲気,ダイヤ設定とも最高で,妙に好きな駅の一つである。

ホームから階段を下りて駅前通りに出,三次方面に少し戻ると,わずかな耕地と民家が小さな川沿いに開けている。下長谷の集落である。他人の家の庭に忍び込むようで気が引けるが,勇気を出して集落内の小道を散歩してみる。特筆すべきものは何もないが,妙に心惹かれる集落ではあった。

駅に戻る。今日はこのあと三次経由で広島まで行く予定だが,先述のようにこのまま長谷駅で待っていても下り列車(三次行き)は今日はもう停まらない。今日中に広島まで行くには,隣駅まで歩いて下り列車を捕まえるしかない。地形図と相談した結果,より面白そうな船佐駅(江津側の隣駅)まで歩くことにした。次の下り列車の船佐駅発車時刻は15時53分である。

長谷駅に名残を惜しみつつ,船佐駅に向けて歩き始める。・・・と,長谷駅への入り口階段を越えてすぐ,まだすぐ上にホームが見えているぐらいのところの道沿いに,石碑があるのが目に留まった。石碑を見つけると必ずつぶさに見ることにしている私は,今回も立ち止まってじっくり凝視したところ,「故陸軍歩兵・・・(以下,雑草で読めず)」とある。旧日本陸軍で活躍した地元軍人の顕彰碑か,旧日本陸軍で亡くなった地元軍人の慰霊碑らしい。こういった旧日本軍関連の石碑はよく見かけるから珍しくないが,こんなところで発見すると一見何でもなさそうなこの長谷の集落の歴史の一端を垣間見たようでなんだか嬉しくなる。雑草に埋もれて発見しづらいのも憎らしい。実際,前回の訪問時には全く気付かなかった。

最後の最後に思わぬ満足を得て,再び船佐駅に向けて歩き始める。右側には江の川が私と同じ方向に相変わらず悠々と流れている。街中の河川と違って人の手があまり入っておらず,すがすがしいリバーサイドウォーキングとなった。


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