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  雄信内(JR北海道・宗谷本線)

1.駅舎

 

2.幌延方面をのぞむ

 

3.天塩中川方面をのぞむ

 

4.雨上がりの駅前通り

【駅概略】

JR宗谷本線の幌延駅から南へ4駅,15.7kmの地点にある駅。木造の駅舎が残り,2面2線の交換設備も現役である。無人化されて久しいが,除雪作業などの基地として現在も活用されている模様。一時は小学校が建てられるほど賑わった駅前集落も現在は廃屋ばかりとなり,ゴーストタウンの様相を呈しているが,天塩川を隔てた対岸にはそれなりの集落があり,そこから雄信内駅を利用する人がいる。

 

【駅データ】

駅名

雄信内(おのっぷない)

所在地

北海道天塩郡幌延町雄興
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1925年7月20日(国鉄天塩南線として)

乗降客数

駅名のルーツ

オ・ヌプ・ウン・ナイ(川尻に原野のある川)から由来している。

 

【停車本数データ】

1930年10月

4往復

1944年12月

4往復

1956年12月

5往復

1968年12月

6.5往復

1987年4月

5往復

2005年10月

5往復

 

【訪問記】(2005年10月)

南稚内駅から上りの始発普通列車に乗車。途中,豊富−下沼間で乗客1人状態を経験しつつ,雄信内駅に到着した。

雄信内駅は3年半前にも訪問したことがある。そのときは初春のまだ寒い時期で,残雪の中にたたずむ木造の駅舎と駅前のゴーストタウン,そして廃校跡が今も脳裏に焼きついている。あれから3年半。今はどうなっているだろうか。

砂利のホームに降り立つ。私をここまで運んでくれた列車は左に去り,雄信内の駅舎が目に飛び込んできた。旅人を優しく包み込んでくれる木造の駅舎。あぁよかった,あのときのままだ。宗谷本線には貨車駅にされてしまった駅が多いが,雄信内駅にはずっとこのままでいてほしいと思う。

駅を出て,突き当りを右に折れる。民家とおぼしき建物が立ち並び,竹内商店というのもあって,立派な駅前集落が形成されている。が,行けども行けども枯れ葉がカサカサと秋風に舞うばかり。人の気配は全く感じられない。目に見える建物はどれもこれも廃屋なのだった。

そのまま突き当りのT字路までやってきた。左手に目をやると,天塩川に雄信内大橋がかかり,対岸に通じている。対岸には国道40号線が通っており,それなりの集落もあるので,なかなか活気がありそうだ。だが,その一方で,右手に目をやると,いまや完全に活気も生気も失った廃校跡が姿を現した。

この廃校跡は前回も見ている。校門や建物の構造からして学校だと知れたのだが,雪が綺麗に降り積もった校庭には足跡一つ付いていない。そもそも,学校前の舗装道路から校舎まで完全に雪に覆われていて,一歩も足を踏み入れることができない。こうした状況証拠から,これが廃止済みであることを悟ったのだった。

あれから3年半。校庭が雪ではなく草に覆われていること以外は何一つ変わっていない。学校名を記した校門。頑丈なコンクリート造りの校舎と体育館。学校があったことを今に伝える記念碑。そして,消えた子供たちの歓声。

・・・・・・。

このあと,宗谷本線旧線跡の探索をこなしつつ,4年前に廃止された上雄信内駅の跡地に向かった。途中,雨に降られつつも何とか目的を果たし,再び雄信内駅まで戻ってきた。

迎えの列車まではまだ時間がある。待合室で待たせてもらうことにし,木の香り漂う駅舎に入った。北の厳しい自然に長年耐えてきただけあって,かなり傷んでいる。見る人が見れば汚いとすら思うかもしれない。そんな雄信内の駅舎だけど,雨に濡れた私を優しく迎え入れ,優しく温めてくれた。

列車の時間が近づいてきた。ホームに移動し,深呼吸をする。そして,もうすぐお別れとなる雄信内駅を何気なく見渡してみた。

雨のやんだ曇り空の下,鮮やかに紅葉した山々を背景に,木造駅舎を右に配して,砂利のホームと4本のレールがしっとりと並んでいる。何の自己主張もしない。利用客が消えたことを恨むでもなく,賑わいが消えたことを悲しむでもない。ただただそこにたたずみ,ただただ時の流れに身を任せている・・・。

そんな雄信内駅を見ていると,なぜかこの段になって,得も言われぬ感慨に襲われてきた。3年前にも一度来てるのに・・・。今日も4時間前に降りて一通り見ているはずなのに・・・。

なぜ今さらこんな感慨を覚えるのか,自分でも良く分からない。よく分からないけど,本当に良い駅というのは案外そんなものなのかもしれない。

また来よう・・・。絶対に再訪しよう・・・。

そう誓いながら,迎えの普通列車に乗り込んだ。


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