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  驫木(JR東日本・五能線)

1.駅舎

 

2.鯵ヶ沢方面を望む

 

3.鰺ヶ沢方面から迎えにやって来た列車

【駅概略】

五能線の鯵ヶ沢−深浦間にある1面1線の無人駅。ホームに立つと目の前に一面の日本海が広がる。2002年春の18きっぷのポスターに登場したことでも有名。

 

【駅データ】

駅名

驫木(とどろき)

所在地

青森県西津軽郡深浦町驫木
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1934年12月13日(国鉄五所川原線として)

乗降客数

駅名のルーツ

瀬の音,波の音がごうごうととどろくところ。

 

【停車本数データ】

1944年12月

6往復

1956年12月

5往復

1968年12月

7往復

1987年4月

7往復

2005年7月

5.5往復

 

【訪問記】(2005年8月)

津軽鉄道に乗車したあと,JR五能線で鯵ヶ沢へ。同行者とともに駅前からレトロな弘南バスに乗って約50分,「驫木」というバス停で下車した。目指すはJR驫木駅。目の前に一面の日本海が広がる雄大なロケーションに惹かれてやって来た。

が,バスを降りて「おや?」と思う。五能線で通過したときの記憶では,驫木駅は海沿いの寂しいところにあったはずだ。なのに,バス停の周辺には結構な集落が広がっている。おかしい。「驫木」バス停の目の前に驫木駅があると信じきっていたので,地図も持ってきていない。これは厄介なことになってきたな,と思う。

とにかく,駅は海沿いにあることは分かっている。うまい具合にバス停から海に向かう細い道が続いている。勇んでこの道を行くと,途中から急な下り坂となって,確かに海に出た。・・・が,やっぱり駅はない。小さな漁港があるだけだ。・・・う〜む。

バスからは駅は見えなかったので,ここより深浦寄りにあるに違いない。そう考え,誰もいない砂浜に降り立ち,深浦方向に歩き始める。右手には海が,左手には断崖が迫っている。その間の狭い砂浜を行き,小さな岬をまわりこんでいく(後で地図を見たところ,この岬は「塩見崎」というらしい)。

・・・が,やっぱり駅は見えない。どんなに目を凝らしどんなに目を見開いても見えない。その代わり,カップルとおぼしき水着姿の男女なら目を凝らさなくても見える。誰もいないところで焚き火をし,バーベキューをしている。おかしなところからやって来た部外者にとても驚いたに違いない。やや警戒の目でこちらを見ている。こちらも駅が見当たらないので必死だ。意を決して近づき,正直に話しかけてみた。

「あの〜,ここから上の舗装道に上がれる道ってご存知ですか?驫木という駅を目指してるんですが・・・・・・」

彼らは地元の方のようで,いかにも不審な我々を不審がらずにいろいろ教えてくれた。すぐ横の道を上がれば崖上の国道に出られること,驫木駅は実は反対側にあること,ここは驫木駅と追良瀬駅のほぼ中間地点にあたること,などなど。

丁重にお礼を言って,教えられた道を大急ぎで歩き出す。迎えの列車までおよそ40分。ぎりぎり間に合うはずだ。

休憩もせずひたすら歩くこと35分,ついに驫木駅を発見した。この位置なら先ほどのバスから見えていたはずだ。山側に目をとられて見落としていたらしい。それにしてもどうしてこんな集落から離れたところに駅を造ったのだろうか。

ホームに立って日本海を眺める。そしてふぅっと一息ついた。ついさっき嫌というほど付き合った日本海だが,やっぱりこの駅とこの構図は捨てがたい。ポスターになっただけのことはある。

と,早くも迎えの列車がやって来た。もう少しここに居たいが仕方ない。それ以上にいい経験をさせてもらったと思うことにして,素直に列車に乗り込む。列車のほうも未練なげに動き出した。

1つ目のトンネルを抜けると,さっきまで彷徨い歩いていた砂浜が右窓下方に見えてきた。お世話になったあの2人組に報告もかねて感謝とさよならを言いたい。そう思って必死に窓外を眺めるも,列車は無情にも塩見崎を短絡するトンネルに入ってしまった。

意外に長いトンネルを抜けるや,慌てて後ろを振り返ると,あの2人組がはるか彼方に小さく見えた。もはや胡麻粒のようにしか見えない。けれども,心なしか,「ちゃんとたどり着いたかな,ちゃんと乗れたかな」とこちらをじっと凝視しているように見えた。


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