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  矢岳(JR九州・肥薩線)

1.駅舎

 

2.吉松方面をのぞむ(ホームに洗面台が見える)

 

3.人吉市SL展示館に静態保存されているSL

 

4.駅遠景(中央奥に矢岳駅が見える)

 

5.人吉方面から迎えにやって来た観光列車「いさぶろう1号」

【駅概略】

JR肥薩線・人吉駅から南へ2駅,19.9kmの地点にある無人駅。矢岳峠の頂にあたる場所にあり,肥薩線の駅の中では最も標高が高い。駅舎は古い木造で,隣接して「人吉市SL展示館」も設置されている。駅周辺は狭いながらも平地が広がり,小さな集落が開けている。肥薩線のこの区間はもともと鹿児島本線として開業し,現在のJR鹿児島本線や肥薩おれんじ鉄道が開業するまでは幹線として非常に重要な役目を担っていた。現在では普通列車が細々と走るのみとなっているが,最近リニューアルされた観光列車「いさぶろう」「しんぺい」が運転を開始するなど,観光資源として見直されつつある。ちなみに,矢岳駅南のトンネルを抜けると左手に見える霧島連山とえびの高原の雄大な景色は,日本3大車窓の一つに数えられている。

 

【駅データ】

駅名

矢岳(やたけ)

所在地

熊本県人吉市矢岳町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1909年11月21日(鹿児島本線として)

乗降客数

駅名のルーツ

宮崎県の矢岳山の名を採った矢岳トンネルの熊本県側のトンネル入口駅。

 

【停車本数データ】

1925年4月(鹿児島本線)

7往復

1944年12月

6.5往復

1956年12月

5.5往復

1968年12月

7.5往復

1987年4月

8往復

2006年7月

5往復

 

【訪問記】(2006年9月)

真幸駅から人吉行き2番列車に乗車。乗り込んだ列車はすぐに扉を閉め,のっそりと動き出した。次に目指すは矢岳駅である。

矢岳駅を初めて訪問したのは3年前だった。訪問したのは今回と同じ9月,時間帯も同じ午前中である。列車から降り立った私を待っていたのはこれ以上なく味わい深い木造駅舎とSL展示館,そして周囲に開けた趣ある集落だった。大畑駅や真幸駅と違って矢岳駅にはスイッチバックはないし,ループ線もない。目を引くようなものは何もない。が,代わりに地元の方々の飾らない生活なら多分にあった。駅前の畑ではおじいさんと幼い孫が一緒に農作業に精を出していた。帰りの列車は地元民とおぼしきおばちゃん達と一緒に乗り込んだ。大畑駅や真幸駅では見られなかったこれらの光景は,地味ではあるがそれゆえに滋味でもあった。

さて,それから3年後の今日,私とその同行者を乗せた普通列車は,真幸のスイッチバックを丁寧に走破すると,矢岳峠のてっぺんに向けて唸りながら急勾配を登り始めた。車窓にはビデオの巻き戻しを見るようにさっき見た景色が逆向きに流れていく。

真幸駅を出て約15分,ついに矢岳駅に到着。切符を見せ,意気揚々と下車する。・・・・・・と,またもや得も言われぬ滋味が感じられた。その理由はさっき書いたので,ここでは省略する。とにかくあの素晴らしい矢岳駅とその周辺が全く手を加えられることなく記憶通りの姿で現れ,本当に嬉しかった。

大畑駅や真幸駅に比べるとやや影の薄い感のある矢岳駅ではあるが,それでも見るべきものは多い。ので,同行者をせかしつつ,ただし解説もしっかりしつつ,順番に見てまわることにしよう。

○木造駅舎:味わい深い木造駅舎が現在も残っている。

○ホーム:もともと栄光の鹿児島本線として開業し,長い編成の列車が行き交っていただけあって,ホームは非常に長い。しかし現在は長くても2両編成の列車がやってくるのみである。

○洗面台:ホームには草の繁茂した得体の知れぬ構造物がある。大畑駅と違って水が湧き出ていないので分かりづらいが,これはその昔SLが吐き出す黒い煙で顔が真っ黒になった機関士や乗客が顔を洗うのに使ったという洗面台である。

○駅構内:現在は1面1線のホームだが,向かい側に細長い空き地が広がっている。また,駅南側には現在線が通る鉄橋の隣に使われなくなって久しい古びた鉄橋がある。いずれも,以前はここが交換可能な駅だったことを示している。

○人吉市SL展示館:SLが静態保存されている。知識に乏しいので詳細は不明だが,昔この区間を走っていたものと思われる。階段がついていて,運転台をのぞくこともできる。

こうしてようやく全ての「見るべきもの」を見て,一息つく。が,それもつかの間,私は同行者を駅に残して駅から続く細い小道を歩き始めた。3年前は上に書き並べたものを逐一見て大いに満足したのだが,今はそのような鉄道関係のものよりも駅周囲の状況に興味が移ってきている。地図を見ると,矢岳駅の周辺には「西」「東」「中」「下」という無味乾燥な名前の集落が点在している。私に得もいわれぬ滋味を感じさせてくれた集落の中で,人々はいったいどんな暮らしを営んでいるのだろうか。そんな,ちょっと不思議な好奇心を胸に,足早に歩き始めた。

駅を出てすぐのところに「東」が開けており,数軒の民家がある。それらを横目に見つつ,北に向かう。しばらく山の中の一本道を歩くと今度は「中」が現れた。ここにも数軒の民家があり,奥には矢岳小学校も見える。

ここまで歩いてきたものの,特にどうということはない。廃屋が多いわけでもなく,廃校があるわけでもない。いずれの集落でも農作業に精を出す地元の方がちらほら見受けられるのみで,どこにでもありそうなごくごく普通の田舎の風景が広がっている。

・・・・・・しかし,ここは険しい矢岳峠のてっぺんに開けた集落である。下界と通じる道はあまりに細くあまりに曲がりくねっており,非常に心もとない。そんな標高の高い,深い山に抱かれて,外界とは隔絶された形でこの集落はある。そう思うと,いつしか山奥に突如現れた桃源郷にいるような,そんな気分になってきた。そう思うと,他人の家に見知らぬ人間がいきなり土足で上がりこんでしまったような,そんな気分にもなってきた。

・・・・・・,・・・・・・・・・。

何となくここに居づらくなった私は,やがて身を翻し,今来た道を足早に駅へと引き返していった。


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