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談話室その3

廃校跡の情景

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宗太郎分校(?)

【所在地】大分県佐伯市宇目重岡

【開校】?

【閉校】?

【アクセス】JR日豊本線宗太郎駅から徒歩10分

【コメント】宗太郎駅を出て左に向かい,いったん国道10号線に出てすぐまた左に入る道を行った左手にある。建物の構造や「学習計画」と書かれた黒板などから廃校跡と思われるが,詳細は不明。

(2006年9月訪問)

松浦高校鷹島分校

【所在地】長崎県松浦市鷹島町中通免

【開校】1950年6月8日

【閉校】2006年3月31日

【アクセス】昭和バス鷹島支所バス停・松浦市営バス営業所バス停から徒歩約10分

【コメント】元寇・弘安の役でいわゆる「神風」が吹いた舞台として有名な鷹島の分校。上記バス停から鷹島歴史民族資料館に向かう途中にある。校舎はすでに解体された模様。

(2009年8月訪問)

旧・大野木場小学校

【所在地】長崎県南島原市深江町戊

【開校】?

【閉校】1991年9月15日(火砕流により焼失)

【アクセス】島原鉄道安徳駅から徒歩約1時間

【コメント】雲仙・普賢岳の噴火による大火砕流の熱風で焼け落ちた。噴火災害の恐ろしさを後世に伝えるため,そのままの姿で保存されている。大野木場小学校は近くに移転して新装開校した。

(2006年9月訪問)

端島小・中学校

【所在地】長崎県長崎市高島町

【開校】1893年11月3日(?)

【閉校】1974年

【アクセス】長崎港から遊覧船で約1時間

【コメント】「軍艦島」として有名な端島にあった小・中学校。端島は海底炭坑で栄えた島で,最盛期には島内の人口が5千人を超え(東京都心の9倍以上の人口密度に相当),高層鉄筋アパートがいくつも建てられて,活況を呈した。しかし,1960年以降はエネルギー革命の波に押され,1974年に炭坑は閉山。住民は島を離れ,端島は無人島となった。往時の活況をしのばせる巨大な廃墟群が今も島のいたるところに残り,産業遺産として注目を浴びている。

現在辛うじて自立している端島小・中学校の校舎跡(写真中の白い建物)は,1958年に完成した7階建て鉄筋コンクリート造りで,1階から4階が小学校,5階と7階が中学校で,6階には音楽室や図書室などがあった。1974年の閉校以降は放置され,荒れ果てている。校舎内には今も机や椅子などが散乱している由。校舎に隣接して体育館が1970年に建設されたが,こちらはかなり崩壊が進んでおり,屋根の骨格を残すのみとなっている。

(2010年11月訪問)

小杉谷小学校・中学校

【所在地】鹿児島県熊毛郡上屋久町楠川

【開校】小学校1924年,中学校1955年

【閉校】小学校1970年3月31日,中学校1970年7月13日

【アクセス】荒川登山口から徒歩約1時間

【コメント】屋久島森林鉄道の軌道敷を利用した縄文杉トレッキングコースの途中にある。チェックポイントとしてガイドブックにも掲載されるほど有名な廃校。

(2005年11月訪問)

榕城中学校

【所在地】鹿児島県西之表市西之表

【開校】1947年5月1日

【閉校】2009年3月

【アクセス】西之表港から徒歩約15分

【コメント】西之表港から市街地に向かい,坂道を登って行ったところにある。種子島を治めていた種子島家の居城・内城の跡地にあったが,市内の中学校の統廃合により閉校となった。

(2010年2月訪問)

南界中学校

【所在地】鹿児島県熊毛郡中種子町田島

【開校】1947年5月2日

【閉校】2004年3月31日

【アクセス】大和バス田島バス停から徒歩3分

【コメント】上記バス停から国道58号線を北に行った右手にある。敷地内はほぼ当時のまま放置されていた。

(2010年2月訪問)

 


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