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談話室その4

駅名あれこれ

1.都会の中の

無個性派

2.日本全国

役所めぐり

3.日本全国

学校めぐり

4.日本全国

観光地めぐり

5.日本全国

神社仏閣めぐり

6.駅名は

地形を語る

7.駅名は

歴史を語る

 

「7.駅名は歴史を語る」

日本列島にヒトが住み始めたのはおよそ数万年前。

以来,現代に至るまで日本列島はさまざまな歴史に彩られてきた。

その歴史の残り香は,教科書に載っているような国全体の体制に関わるものから

市井の人々の何気ない暮らしぶりを感じるものまで,

現代人がふだん何気なく接している地名や駅名の中にも脈々と息づいている。

駅についたらまずは駅名をチェックしよう。そしてその地が歩んできた歴史に思いを馳せてみよう。

これだけ多くの歴史に彩られた国に生まれ暮らしていることに感謝したいと思う。

 

駅名は

歴史を語る@

「大塚」

「大塚」は「王塚」に通じ,古代豪族の古墳などがあるところ。

一口に古墳と言っても,大きさ,形,埋葬者,埋葬時期は実にさまざま。

いまや単なる丘や林にしか見えないことが多いけど,

そこにそっとたたずんでみれば古代豪族たちの栄枯盛衰が目に浮かんでくる。

どれも同じ「大塚」,されどどれも違う「大塚」。さて,どれに行こうか?

陸前大塚

JR東日本

仙石線

豪族の古墳があることを示すのが大塚で,全国的に多い地名である。

西大塚

山形鉄道

フラワー長井線

大塚は「王塚」で,古代豪族の塚があったところからつけられた地名。

野州大塚(やしゅうおおつか)

東武鉄道

宇都宮線

付近に前方後円墳や大塚古墳などがあり,「大塚岩屋古墳」を中心に16基の円墳が確認されている。「野州」は栃木県の旧名。

大塚

JR東日本

山手線

大塚は王塚のことで,むかしの豪族の大きな塚(古墳)があったといわれるところからつけられた地名。

大塚駅前

東京都交通局

荒川線

新大塚

東京地下鉄

丸ノ内線

大塚・帝京大学

多摩都市モノレール

多摩都市モノレール線

(詳細不明。情報求ム。)

南大塚

西武鉄道

新宿線

(詳細不明。情報求ム。)

雪が谷大塚

東京急行電鉄

池上線

谷になっているこの地に雪が残っていたことから「雪が谷」,近くに鵜の木大塚古墳があることから「大塚」と呼ばれる。

相模大塚

相模鉄道

相鉄本線

(詳細不明。情報求ム。)

三河大塚

JR東海

東海道本線

三河は男川,豊川,矢作川の3つの川の意。大塚は古代王族の塚があることを示す地名。

朝日大塚

近江鉄道

本線

(詳細不明。情報求ム。)

日向大束

JR九州

日南線

大塚と同じ意。福島古墳群の北部にある。

 

駅名は

歴史を語るA

「国府/府中」

「国府/府中」とは律令制のもとで国ごとに置かれた行政府があった場所や都市のこと。

いまの都道府県庁所在地にあたり,日本各地に関連する地名を残している。

そのまま発展して現在の都道府県庁所在地になったところもあれば,

今は完全に廃れて「本当にこんなところに?」と疑いたくなるものまである。

どれも同じ「国府/府中」,されどどれも違う「国府/府中」。さて,どれに行こうか?

国府多賀城(こくふたがじょう)

JR東日本

東北本線

神亀元(724)年,大野東人(おおのあずまびと)により蝦夷平定のために築かれた城。多賀城は陸奥国府であるとともに,蝦夷に対する軍事拠点でもあった。

国府台(こうのだい)

京成電鉄

本線

律令制のもとで下総国の国府が設置されたところ。

府中(ふちゅう)

京王電鉄

京王線

武蔵国の国府があったところ。

東府中(ひがしふちゅう)

京王電鉄

京王線・競馬場線

府中競馬正門前(ふちゅうけいばせいもんまえ)

京王電鉄

競馬場線

府中本町(ふちゅうほんまち)

JR東日本

南武線・武蔵野線

北府中(きたふちゅう)

JR東日本

南武線

国府津(こうづ)

JR東日本・東海

東海道本線・御殿場線

相模国の国府は今の海老名市にあったが,そこへ通じる津(港)がつくられたことによる地名。

国府(こう)

名古屋鉄道

名古屋本線・豊川線

三河国の国府が置かれたところ。

国府宮(こうのみや)

名古屋鉄道

名古屋本線

尾張国の国府が置かれていた。

和泉府中(いずみふちゅう)

JR西日本

阪和線

和泉の国名は府中の東にある泉井上神社によるという。和泉の井とも呼んだ。府中とは国府の所在地。

国府(こくふ)

JR西日本

山陰本線

古代但馬国の国司が所在したところを国府(コクフ)という。

府中(ふちゅう)

JR西日本

福塩線

『続日本紀』に葦田郡が品治郡より分置されたと記され,『和名抄』に「備後国府,在葦田郡」とある。

讃岐府中(さぬきふちゅう)

JR四国

予讃線

讃岐国の国衙があったところから。

府中(こう)

JR四国

徳島線

国府の所在地であるが,そのコクフがコウになり,それに府中の字をあてたものといわれる。

古国府(ふるごう)

JR九州

久大本線

豊後国府があったことによる地名。

国府(こくぶ)

熊本市交通局

水前寺線

肥後国の国府が置かれていたことによる。

甲府(こうふ)

JR東日本・東海

中央本線・身延線

やや番外編その1。古くは古府中といわれたところで,甲斐(山の峡=かい)国の国府があったことを示す地名。

南甲府(みなみこうふ)

JR東海

身延線

新府(しんぷ)

JR東日本

中央本線

番外編その1。天正9(1581)年,武田勝頼が長篠合戦に敗れたのち,急遽つくった新城につけた名前。国府(今の甲府)をここに移す意がこめられていた。

飛騨国府(ひだこくふ)

JR東海

高山本線

番外編その2。駅の所在する広瀬の北,八日町に至る間に一丘陵があり,これを越える峠を国府峠という。この峠の名前から,麓の広瀬に国府があったという地名説もあるが,真偽は不明。

下府(しもこう)

JR西日本

山陰本線

やや番外編その2。古く石見国府が置かれたという。シモコウとは国府を上・下に区分したもの。

防府(ほうふ)

JR西日本

山陽本線

やや番外編その3。周防国の国府(国司の役所)があったことを示す地名。

長府(ちょうふ)

JR西日本

山陽本線

やや番外編その4。長門国の国府(国司の役所)があったことを示す地名。

 

駅名は

歴史を語るB

「大津」

「大津」とは海・川沿いにある重要な港のこと。

港は水陸交通の結節点として古くから大いに賑わってきた。

陸運の発達により,現在では水運が完全に衰えてしまっていても,

地名には永く残って往時の活況を偲ばせる。

どれも同じ「大津」,されどどれも違う「大津」。さて,どれに行こうか?

大津港

JR東日本

常磐線

大津は大きな良港であることを示す地名。その下にまた港がついているのは重複用語。

群馬大津

JR東日本

吾妻線

古くここに大きな船着場があって,農産物を運んだことを示す地名。吾妻川がここで白砂川ほかたくさんの支流と合流する地点である。

京急大津

京浜急行電鉄

本線

(詳細不明。情報求ム。)

新大津

久里浜線

大津

JR西日本

東海道本線

相津,古津から桓武天皇の命名で大津。人馬,物資の大いに集まる港の意で,平安京の外港であった。

西大津

湖西線

浜大津

京阪電気鉄道

京津線・石山坂本線

泉大津

南海電気鉄道

南海本線

和泉国府の外港があったことから。

大津町

一畑電車

北松江線

古代から江戸期にかけて,駅東側を流れる斐伊川を通って産物を運んだ舟のための大きな港があったことから。

土佐大津

JR四国

土讃線

大津とは大きな船着場のこと。古くはこのあたりまで海面であった。土佐日記に「大津より浦戸をさして漕ぎ出づ」とある地。

肥後大津

JR九州

豊肥本線

番外編。戦国時代に肥後の豪族・合志氏の支配下にあり,その氏族・大津十朗義兼が城下に集落を形成したことから。

 

駅名は

歴史を語るC

「境・堺」

「境・堺」は書いて字のごとく,何かと何かの境界にあたるところ。

「境界」を成しているのは旧国や郡,あるいは荘園といったものまで実にさまざま。

「境」であって中心地ではないので概して寂しいところが多いけれど,

場所によっては今では大いに賑わっているところもある。

どれも同じ「境・堺」,されどどれも違う「境・堺」。さて,どれに行こうか?

境松

弘南鉄道

弘南線

(詳細不明。情報求ム。)

羽後境

JR東日本

奥羽本線

出羽国の中央を流れる今の雄物川が戸島川といった時代に,郡と郡の境にあった集落につけられた地名。出羽国を2つに分け,都から遠い方が羽後。

区界

JR東日本

山田線

下閉伊郡川井村と盛岡市との境に区境峠があり,文字通り境界にある集落。

堺田

JR東日本

陸羽東線

陸前と出羽の国ざかい,出羽側に作られた水田という意である。

境町

東武鉄道

伊勢崎線

室町から戦国時代にかけて,上野国那波郡と新田郡の境目にあったことから「境」という地名に変わったとされる。

多摩境

京王電鉄

相模原線

多摩ニュータウンの境にあること,東京都神奈川県の境にあたること,駅の近くに境川が流れていることから。

三ツ境

相模鉄道

相鉄本線

かつて存在した都筑郡二俣川村と川井村,鎌倉郡中川村の境であることから。

上境

JR東日本

飯山線

中世期に常磐牧を支配した常岩氏の領域の北の境だったことによるという地名。

信濃境

JR東日本

中央本線

信濃と甲斐の国境であることを示す駅名。

志比堺

えちぜん鉄道

勝山永平寺線

東側が志比荘との境界であったことによる。

堺市

JR西日本

阪和線

摂津・河内・和泉の境にあることから。

南海電気鉄道

南海本線

堺東

高野線

境港

JR西日本

境線

伯耆・出雲の国境,中江瀬戸に臨む美保湾第一の良港。

寒河江

JR東日本

左沢線

やや番外編。寒河江川は古代の最上郡と村山郡を分ける境川の意だとする説がある。

南寒河江

西寒河江

武蔵境

JR東日本

中央本線

番外編。貞享年間,出雲松江藩主松平直政の屋敷跡地をもらい受けて開墾した指導者が境本といい,そこから境村が誕生したことによる。

 

駅名は

歴史を語るD

「本庄/新庄」

「本庄」とは奈良時代から戦国時代にかけて存在した荘園の中心のこと。

一方,「新庄」とは新しく開かれた荘園のこと。

太閤検地で完全に消滅するまで,荘園は各地で大きく発達し権勢をふるった。

今でもその威光は地名・駅名の中に静かに,だけど確実に輝いている。

どれも同じ「本庄/新庄」,されどどれも違う「本庄/新庄」。さて,どれに行こうか?

津軽新城

JR東日本

奥羽本線

新城は新庄の換え字で,この地区に新しい庄園(荘園)ができたことを示す地名。

羽後本荘

JR東日本

羽越本線

越後国からその先に出っ張ったところが出端(デハ,イデハ)。出端が出羽となり,2つに分けて羽前と羽後に。中世の荘園時代,荘園の中心であったことを示すのが本荘。

由利高原鉄道

鳥海山ろく線

新庄

JR東日本

山形新幹線・奥羽本線・陸羽西線・陸羽東線

古い時代にこの地を中心として新しい庄園(荘園)が開かれたことを示す地名。

南新庄

陸羽東線

本庄

JR東日本

高崎線

鎌倉時代にこの地に若泉荘という庄園(荘園)があり,その庄園の中心である本庄がここにあったところから生まれた地名。

本庄早稲田

上越新幹線

武蔵新城

JR東日本

南武線

城は庄(荘)の換え字である。ここに新しい庄園(荘園)がつくられたことを示す地名。

東新庄

富山地方鉄道

本線

(詳細不明。情報求ム。)

本荘

えちぜん鉄道

三国芦原線

もと本荘村のあったところ。中世の荘園があったことを示す地名で,付近の荘園の中心であった。

備後本庄

JR西日本

福塩線

『日本霊異記』所収の深津市,『貞観寺田地目録帳』貞観14(872)年に見る深津庄の中心地。

土佐新荘

JR四国

土讃線

新荘とは本荘・古荘に対する語で,新しく開いた荘園のこと。この地域では津野本荘に対して,須崎・下分(新荘)・上分・下半山(葉山)・上半山(葉山)あたりが新荘だったのだろうか。

上新庄

阪急電鉄

京都線

番外編その1。豊富秀吉の家臣であった中川清兵衛清秀がこの地に新しく出城を築いた。この「新城」が転じて「新庄」となった。

下新庄

千里線

大和新庄

JR西日本

和歌山線

番外編その2。江戸時代の初め,桑山氏が陣屋を築き,この地を新庄と命名したという。

近鉄新庄

近畿日本鉄道

御所線

紀伊新庄

JR西日本

紀勢本線

番外編その3。内之浦を囲む南から北にかけて「鳥ノ巣海岸」といい,ここが昔は本村で,新庄はそこから分かれた村といわれる。新所のことか。

 

駅名は

歴史を語るE

「〜日市 or 町」

中世,社寺の門前や交通の要地では市が開かれていた。

開催日は「毎月○のつく日」というように月3回(三斎市)で,

需要が増加するにつれ月6回(六斎市)へと発展していった。

市が開かれたところは大きな賑わいを見せ,都市に発展することも多かったという。

どれも同じ「〜日市 or 町」,されどどれも違う「〜日市 or 町」。さて,どれに行こうか?

一日市場(ひといちば)

JR東日本

大糸線

毎月一日に市場が立ったことを示す中世の市場地名。

二日市

JR九州

鹿児島本線

毎月2のつく日に市が立っていたところで,市場地名。

西鉄二日市

西日本鉄道

天神大牟田本線・大宰府線

岩手二日町

JR東日本

釜石線

毎月二日の日に市が開かれたことによる市場地名。

三島二日町

伊豆箱根鉄道

駿豆線

毎月2の日に市が開かれていたことから。

三日市

近畿日本鉄道

鈴鹿線

(詳細不明。情報求ム。)

三日市町(みっかいちちょう)

南海電気鉄道

高野線

毎月三日の日に市が開かれたことから。

三ケ日(みっかび)

天竜浜名湖鉄道

天竜浜名湖線

毎月三日に市が開かれたことを示す交易地名。

東三日市

富山地方鉄道

本線

鎌倉時代から定期的に市が開かれていた。

備後三日市

JR西日本

芸備線

月の3のつく日に市が開かれたことによる。

四日市

JR東海

関西本線

毎月,六斎市が開かれたところ。四日から始まるところから四日市という。四日,九日,十四日,十九日,二十四日,二十九日に市が開かれた。

南四日市

近鉄四日市

近畿日本鉄道

名古屋線・湯の山線・内部線

五日市

JR西日本

山陽本線

毎月五日の日に市場が開かれたことを示す交易地名。

広電五日市

広島電鉄

宮島線

武蔵五日市

JR東日本

五日市線

荘園時代,毎月五の日に市が立ったことを示す市場名。

五日町

JR東日本

上越線

毎月五日に市場が立ったことを示す市場地名。

六日町

JR東日本

上越線

毎月六日に市(祭りに同じ)が開かれたことを示す市場地名。「マチ」は「マツリ」からの転。

北越急行

ほくほく線

七日町(なぬかまち)

JR東日本

只見線

毎月七日の日に市が立ったことを示す市場地名。

上州七日市

上信電鉄

上信線

(詳細不明。情報求ム。)

八日市場

JR東日本

総武本線

大永年間(1521〜28年),浜街道沿いのこの地を付近の住民が開拓し,物産市を毎月八日に開いたことに由来する市場地名。

八日市

近江鉄道

本線・八日市線

毎月8のつく日に市が立ったことから。

新八日市

八日市線

十日市場

JR東日本

横浜線

毎月十日に市が立ったことによる地名。

十日市場

富士急行

大月線

中世,毎月十の日に市が開かれていたことから。

十日町

JR東日本

飯山線

荘園時代,毎月十日に市が開かれたことを示す市場地名。

北越急行

ほくほく線

十日市町(とおかいちまち)

広島電鉄

本線・横川線

戦国大名・毛利輝元が吉田町から移した市が発祥とされ,江戸時代にかけ毎月十日の日に活況を呈したことから。

廿日市

JR西日本

山陽本線

毎月二十日の日に市場が開かれたことを示す交易地名。

広電廿日市

広島電鉄

宮島線

廿日市市役所前(平良)

卯之町(うのまち)

JR四国

予讃線

番外編。十二支の卯の日に市を開いたことから卯之町になったという説が有力。

 

駅名は

歴史を語るF

「本郷」

「本郷」とはその地域・集落の中心のこと。

今は特に何もない場所だけど,昔はここが中心地だったことがある。

その栄光の日々を,何とか「本郷」という地名の形で現代人に訴えようとしている。

それにまんまと騙されて,地域の中心として賑わった日々を想像してみるのも悪くない。

どれも同じ「本郷」,されどどれも違う「本郷」。さて,どれに行こうか?

会津本郷

JR東日本

只見線

この地方の発展の中心となったことを示す地名。

上本郷

新京成電鉄

新京成線

中世,風早四郎胤康が支配した風早郷(庄)の中心であったため本郷と呼ばれるようになった。その後,江戸時代初期の検地の際に旧本郷村(現・船橋市内)と区別するため「上」がついた。

幕張本郷

JR東日本

総武本線

幕張とは幕ノ内などと同義で,背後に山をめぐらした地形のこと。本郷とは付近集落の中心地となったことを示す地名。

京成幕張本郷

京成電鉄

千葉線

本郷三丁目

東京地下鉄

丸ノ内線

湯島郷の中心地であったために湯島本郷とよばれ,後に単に本郷となった。

東京都交通局

大江戸線

本郷台

JR東日本

根岸線

集落発展の中心であったことを示す古地名の本郷に「台」をつけた。

本郷

長野電鉄

長野線

(詳細不明。情報求ム。)

伊那本郷

JR東海

飯田線

郷の中心地であったことを示す地名。

本郷

名古屋市交通局

東山線

(詳細不明。情報求ム。)

美濃本郷

近畿日本鉄道

養老線

(詳細不明。情報求ム。)

若狭本郷

JR西日本

小浜線

『和名抄』にある大飯郷の本郷の義か。中世,本郷氏の拠点となる。

本郷

JR西日本

山陽本線

集落の発展のもと(本)になった土地を示す地名。

宇賀本郷(うかほんごう)

JR西日本

山陰本線

豊浦郡豊浦町の北部にある旧・宇賀村の中心。ウカとは宇賀神社に関係のある古代地名。

本郷

西日本鉄道

甘木線

(詳細不明。情報求ム。)

 

駅名は

歴史を語るG

「追分」

「追分」とは道と道とが分岐するところ。

それぞれの目的地に向けて,それぞれがそれぞれの道を歩み始める。

今まで同じ道を共に歩んできた旅の道連れともここでお別れ。

何となく悲しいけれど,ここからまた幾多の新しい出会いが待っている。

どれも同じ「追分」,されどどれも違う「追分」。さて,どれに行こうか?

追分

JR北海道

室蘭本線・石勝線

かつての夕張線(現・石勝線)が室蘭本線から分岐するところ。

東追分

石勝線

追分

JR東日本

奥羽本線・男鹿線

大館・能代へ通じる街道と男鹿へ通じる街道が分かれるところ。

安曇追分

JR東日本

大糸線

糸魚川街道と上田・穂高方面へ通じる道との分岐点。

信濃追分

しなの鉄道

しなの鉄道線

中山道と北国街道の分岐点,あるいはもっと古い東山道と枝道との分岐点。

追分口

えちぜん鉄道

勝山永平寺線

福井と武生方面へ行く分かれ道の入り口。

追分

近畿日本鉄道

内部線

東海道と参宮街道とが分岐するところ。

追分

京阪電気鉄道

京津線

東海道と伏見街道とが分岐するところ。

美作追分

JR西日本

姫新線

出雲街道から南に向けて備前往来が分岐するところ。

 

駅名は

歴史を語るH

「茶屋」

「茶屋」とは書いて字のごとく,茶屋があったところ。

たかだかお茶を飲んで休憩するところ,とあなどるなかれ。

茶屋によっては将軍や太閤が休みに来たりする。萩の花や蛍が鑑賞できたりもする。

あるいは2軒3軒と連なって客引きをし合っていたのかもと想像させたりもする。

どれも同じ「茶屋」,されどどれも違う「茶屋」。さて,どれに行こうか?

お花茶屋

京成電鉄

本線

江戸時代,鷹狩りに来た八代将軍吉宗(三代家光とも言われる)がこの地でにわかに腹痛を起こし,近くの茶屋の娘に看病してもらった。喜んだ将軍は娘の名「お花」を取って「お花茶屋」と名付けた。

三軒茶屋

東京急行電鉄

田園都市線・世田谷線

江戸時代,大山道の本道(現・世田谷通り)と近道(現・国道246号)の分岐点(現・三軒茶屋交差点)に「しがらき(後の石橋屋)」「角屋」「田中屋」という三軒の茶屋があったことから。

茶屋ヶ坂

名古屋市交通局

名城線

(詳細不明。情報求ム。)

高茶屋

JR東海

紀勢本線

古くは焼手(やきて)里といわれた。参宮街道の茶屋があったということか。

二軒茶屋

叡山電鉄

鞍馬線

鞍馬などへ向かう旅人を休憩させる茶屋が2軒あったことから。

萩ノ茶屋

南海電気鉄道

南海本線

かつてこの地の住吉街道沿いに「萩の茶屋」と呼ばれる茶屋があったことから。

天下茶屋

南海電気鉄道

南海本線

豊臣秀吉が大阪城から住吉大社へ参拝したり堺へ往来したりする際に,この地にあった茶店で休息したことから「太閤殿下茶屋」と呼ばれるようになり,それが転じて「天下茶屋」と呼ばれるようになった。

大阪市交通局

堺筋線

西天下茶屋

南海電気鉄道

汐見橋線

北天下茶屋

阪堺電気軌道

阪堺線

東天下茶屋

阪堺電気軌道

上町線

滝の茶屋

山陽電気鉄道

本線

かつて東垂水から塩屋にかけて滝があり,その下にあった茶屋で多くの旅人が休んだということか。

茶屋町

JR西日本

宇野線・瀬戸大橋線

倉敷川沿いに並んだ茶屋から出た地名。

七軒茶屋

JR西日本

可部線

近世,旧石見・出雲路沿いに茶屋が並んだことによる。

古賀茶屋(こがんちゃや)

西日本鉄道

甘木線

この地は江戸時代から明治初期にかけて,荒れ地を意味する空閑(こが)が転じて古賀村と呼ばれていた。この古賀村の南を筑前街道が走り,休憩所があったと考えられる。

蛍茶屋

長崎電気軌道

蛍茶屋支線

この地は蛍の名所で,一の瀬橋のたもとに江戸時代から大正にかけて「蛍茶屋」という名の料亭があったことに由来する。

木場茶屋(こばんちゃや)

JR九州

鹿児島本線

コバ(焼畑を作る山間の里)・ン(の)・チャヤ(茶屋)。山路を通ってきて,山あいの村に休み茶屋を見つけてほっとした旅人の気持ちがよくわかる。

二軒茶屋

鹿児島市営

谷山線

名の通り,この地の旧谷山街道沿いに2軒の茶屋があり,旅人が足を休めていったことから。

四谷

JR東日本

中央本線

番外編。江戸時代に梅屋,木屋,茶屋,布屋の4軒の茶屋があり,「四ツ茶屋」が「四谷」に転じたとする説がある。

東京地下鉄

丸ノ内線・南北線

四谷三丁目

東京地下鉄

丸ノ内線

 

駅名は

歴史を語るI

「新田」

「新田(しんでん,にった)」とは,書いて字のごとく新しく開墾された田畑のこと。

社会が安定し人口が急増した江戸時代を中心に,

幕府や藩の奨励のもと,新田開発が活発に行われた。

これにより農地は飛躍的に拡大し,石高も倍増したという。

どれも同じ「新田」,されどどれも違う「新田」。さて,どれに行こうか?

新田(にった)

JR東日本

東北本線

伊豆沼,長沼の水を利用して肥沃な稲田が新しく開拓されたことを示す開発地名。

小鶴新田(こづるしんでん)

JR東日本

仙石線

「小鶴」も「新田」も付近の字名。江戸期には小鶴池があったが,新田開発により姿を消したという。

新田(にった)

阿武隈急行

阿武隈急行線

文字通り新しく開墾された田所。

下新田(しもしんでん)

わたらせ渓谷鐵道

わたらせ渓谷線

新しく開墾された田所の意。

仁井田(にいた)

JR東日本

烏山線

各地にある新井田,新飯田と同義の地名で新田のこと。集落の発展に伴う地名といえる。

新田野(にったの)

いすみ鉄道

いすみ線

無名の野原を新しく水田として開拓したことを示す地名。

新田(しんでん)

東武鉄道

伊勢崎線

武蔵国では江戸時代に約400の新田が生まれ,草加市域だけでも「新田」と呼ばれる村が120あった。明治になり合併した9村のうち6村が近世開発新田だったことから。

松戸新田(まつどしんでん)

新京成電鉄

新京成線

江戸時代に新しく田畑として開墾されたことから。

巣鴨新田(すがもしんでん)

東京都交通局

荒川線

(詳細不明。情報求ム。)

小島新田(こじましんでん)

京浜急行電鉄

大師線

小島六郎左衛門と池上七左衛門が江戸時代後期に多摩川河口のこの地を新田開発し,北側を小島新田,南側を北池上新田と呼んだことから。

八幡新田(やわたしんでん)

名古屋鉄道

河和線

江戸時代に新しく開墾された土地であることから。

新田(しんでん)

JR西日本

奈良線

字義通り新たに開墾した地をいう。北には巨椋(おぐら)池の大干拓地が広がる。

鴻池新田(こうのいけしんでん)

JR西日本

片町線

かつてこの地にあった深野池・新開池が江戸中期に次々に開拓され,1,063町歩の新田に生まれ変わった。その中で最も大きかったのが大坂の鴻池家によって開拓された200町歩の新田であった。

仁井田(にいだ)

JR四国

土讃線

仁井田は当て字で「新田」のこと。すなわち「新しく開墾した田地」の意である。

布津新田(ふつしんでん)

島原鉄道

島原鉄道線

(詳細不明。情報求ム。)

高崎新田(たかさきしんでん)

JR九州

吉都線

「高崎」とは霧島の支峰・長尾山の尾根が長く台地上に伸びているところ。「新田」は宝永7(1710)年に田平用水路ができてから開拓された。

武蔵新田(むさしにった)

東京急行電鉄

東急多摩川線

番外編その1。源氏の武将・新田義貞の次男である新田義興を祭った新田神社が近くにあることから。

新田塚(にったづか)

えちぜん鉄道

三国芦原線

番外編その2。鎌倉時代の武将・新田義貞の没地であることから。

 


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