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  東名古屋港(名古屋鉄道・築港線)

1.ホーム

 

2.駅前広場

 

3.駅西側から駅方面をのぞむ(信号が赤く点灯している)

【路線概略】

愛知電気鉄道が起源。東名古屋港駅周辺にある工場労働者のための通勤路線であり,朝夕にのみ線内折り返しの普通列車が走る。かつては路線に沿ってリニアモーターカーの実験線が敷設されていたが,現在は撤去されている。また,旅客営業は東名古屋港駅までだが,その先にも貨物線が延びている。東名古屋駅東側にある名古屋臨海鉄道との平面交差は全国的にも珍しい。

 

【路線データ】

 

営業キロ

運行本数

1925年4月
(愛知電気鉄道)

大江−西六号1.2哩

?往復

1944年12月

大江−東名古屋港?km

?往復

1956年12月

?往復

1968年12月

?往復

1987年4月

大江−東名古屋港1.9km

16往復

1992年3月

大江−東名古屋港1.9km

17往復

2005年6月

大江−東名古屋港1.5km

19往復

 

【駅データ】

駅名

東名古屋港(ひがしなごやこう)

所在地

愛知県名古屋市港区大江町9-9
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1924年1月15日(愛知電気鉄道西六号駅として)

乗降客数

5,056人(2000年度現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2006年7月)

椋岡駅から阿久比駅まで徒歩で移動し,普通電車に乗車。太田川で一度乗り換え,大江でさらに築港線の電車に乗り換える。築港線は大江から西に向かう非常に短い通勤路線である。

路線に沿ってリニアモーターカーの実験線が敷かれているとの事前情報があったので窓外を必死に眺めるも,何も見当たらず。事後情報では,すでに撤去されたとのこと。

その代わり,とんでもないものが見えた。ほぼ直角に交わる線路同士の平面交差である。交わる相手方は時刻表などには出てこないので貨物線だろう。阪堺電車(阪堺線上町線)や伊予鉄道(高浜線と大手町線),土佐電気鉄道(伊野・ごめん線と桟橋線)でも平面交差は見られるが,こちらは違う会社同士で交差する珍しいものである。

そうこうするうちに,あっという間に終点の東名古屋港駅に到着。3分間の旅をともにした2人の乗客のうち,サラリーマン風の男性はさっさと工場地帯に消え,一方の若い女性(同業者??)はしばらく駅周辺の様子をうかがってから北方へと消えていった。

すぐに折り返していった電車を見送り,周囲を散策する。さっそく目に留まったのが東名古屋港駅からさらに西に延びる線路だ。路盤には草が繁茂しており,使われている気配はない。廃線跡の趣を呈している。そこで,行けるところまでこの線路を追ってみることにした。

駅西側の道路を歩道橋で渡り,線路に沿って西進する。やがてとある工場の入り口に到着した。これ以上行ってもしょうがなさそうなので,ここで引き返すことにする(編集注:実はもう少し行けば海に出て線路の終端に出ます)。そう思って振り返った途端,あっと驚いた。なんとなんと,駅の手前で信号機が赤く点灯しているではないか。あの位置じゃ築港線の電車は関係ないはずだ。・・・となるとこの線路は現役なのか。でも路盤には草が好き勝手に生えているし・・・。結局よく分からず仕舞いだった(編集注:貨物線として現在も使われています)。

誰もいない駅に戻り,帰りの電車を待つ。ジュースを飲んで一息入れていると,あれよあれよという間に一人また一人と乗客が増えていく。やがてもともと無人だったホームに黒山の人だかりができてしまった。みな付近の工場での勤務を終えた人たちばかりだ。発車間際になると,勝手知ったる利用者達がさらに続々と乗り込んでくる。2両編成の電車は,もうこれ以上乗れないぐらいの超満員となって東名古屋港駅を出発した。その混雑ぶりといったら,これまで見たこともないほどだ。

行きは乗客わずか3人だったのに・・・。帰りも最初は誰もいなかったのに・・・。やっぱり鉄道路線というのは実際に乗ってみないと分からないことが多い。ここは大都市・名古屋の一角に過ぎないのだけれど,このように非日常感を味わうこと,それを真の「旅」というのではないだろうか。そういう気にさせてくれた路線だった。


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