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  諫早・加津佐(島原鉄道・島原鉄道線)

1.諫早

 

2.加津佐

【路線概略】 ※2008年4月1日一部廃止

島原湊(現・南島原)以北を開業させた島原鉄道が,以南を開業させた口之津鉄道を1943年に吸収合併し,島原半島の東岸を半周する現在の路線となった。かつては国鉄への乗り入れも行われていたが,現在は線内折り返しのみである。急行列車も走っている。雲仙普厳岳の噴火では大きな被害を受けたが,1997年に全線復旧,トロッコ列車の運行を開始した。それでも経営は厳しく,2008年4月に南半分の島原外港−加津佐間が廃止された。

 

【路線データ】 ※現在は一部廃止

 

営業キロ

運行本数

1925年4月
(島原鉄道・口之津鉄道)

諫早−島原湊26.3哩,島原湊−堂崎9.1哩

諫早−島原湊8往復,島原湊−堂崎7往復

1944年12月

諫早−加津佐78.5km

6往復
(他に区間列車あり)

1956年12月

諫早−加津佐78.5km

13往復
(他に区間列車あり)

1968年12月

諫早−加津佐78.5km

11.5往復
(他に区間列車あり)

1987年4月

諫早−加津佐78.5km

13.5往復
(他に区間列車あり)

2005年6月

諫早−加津佐78.5km

13往復
(他に区間列車あり)

 

【駅データ】 ※現在は一部廃止

駅名

諫早(いさはや)

所在地

長崎県諫早市永昌町1-1
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1911年8月21日

乗降客数

1,502人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

イサ(イソ=磯もしくは石の転)とハヤ(早)か。有明海は干満の差が激しい。潮汐が早く動く小石の海岸をいう。

駅名

加津佐(かづさ)

所在地

長崎県南高来郡加津佐町乙2820-12
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1928年3月1日(口之津鉄道として)

乗降客数

213人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2004年9月)

口之津鉄道として開業した区間が廃止の危機に立たされているという。そこで様子を見に行くことにする。台風18号が近づいているので,予定を変更してまっすぐ諫早にやってきた。

さっそく島原鉄道に乗り込む。意外ときれいな車両だ。発車した列車は,ときたま島原湾を見せつつ,数人の客を乗り降りさせながら,のどかな地帯を行く。存廃議論の対象外だから,のどかに見えるだけかもしれないが。

南島原に到着。ここからが問題の区間である。と,廃止の噂をリアルに演出するかのように一気に客が減ってしまった。

襟を正して発車した列車がまず通過したのは,あまりに立派な高架橋だった。右手には雲仙普賢岳とそこから流れ出る水無川が展開する。その異様な光景にしばし唖然とした。いまだに完全には復興していないことを訴えているかのようだった。

列車は先ほどと同じような地帯を淡々と行く。ただし,車内の客数は明らかに減っている。そうしてようやく到着した終点・加津佐で下車したのは3人だけ。みんなすぐにどこかに行ってしまった。1人むなしく駅の観察を終えたあと,周囲の散策に出る。

近くに海水浴場がある。が,シーズンも終わり,台風が近づいていることもあり,誰もいない。島鉄の未来を暗示するかのように,どんよりと薄暗い雲が低く垂れ込んでいるだけだった。

ここからはバスで小浜温泉経由で諫早に戻ることにする。もちろん,かつて島原鉄道と直通運転していた温泉軽便鉄道・小浜鉄道(愛野−肥前小浜)の痕跡に注意しながら。


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