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  石岡・鉾田(鹿島鉄道・鹿島鉄道線)

1.石岡

 

2-1.鉾田(駅舎)

 

2-2.鉾田(ホーム)

【路線概略】 ※2007年4月1日廃止

鹿島参宮鉄道が起源。関東鉄道時代を経て現在に至る。全線を通して普通列車のみが運転されており,石岡側には区間列車も多く設定されている。2002年に貨物営業が終了し,また支援をしていた親会社の関東鉄道もつくばエクスプレスの開業で業績が悪化したことから,2006年3月に廃止届が提出された。

 

【路線データ】 ※現在は廃止

 

営業キロ

運行本数

1925年4月
(鹿島参宮鉄道)

石岡−常陸小川4.4哩

6往復

1944年12月
(鹿島参宮鉄道)

石岡−鉾田26.9km

7往復
(他に区間列車あり)

1956年12月
(鹿島参宮鉄道)

石岡−鉾田27.2km

11往復
(他に区間列車あり)

1968年12月
(関東鉄道)

石岡−鉾田27.2km

17往復
(他に区間列車あり)

1987年4月
(鹿島鉄道)

石岡−鉾田27.2km

20往復

2006年4月

石岡−鉾田27.2km

22往復
(他に区間列車あり)

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

石岡(いしおか)

所在地

茨城県石岡市石岡
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1924年6月8日(鹿島参宮鉄道として)

乗降客数

2,310人(2000年1日平均)

駅名のルーツ

常陸国の国府が置かれていたところ。明治2年の廃藩置県の際,府中と言われた今の市域の西側が竜神山をはじめとする岩場の多い台地であったことから,時の藩主・松平頼策が公文書で「石岡」と改称させたことによる。

駅名

鉾田(ほこた)

所在地

 茨城県鉾田市鉾田2457-2
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1929年5月16日(鹿島参宮鉄道として)

乗客数

810人(2000年1日平均)

駅名のルーツ

地元の地名学者の説によると,鉾田市内の鉾神社の神領地にできた田所,つまり神田の意。

 

【乗車記】(2006年4月)

小田林・東結城の両駅を訪問したあと,石岡にやって来た。ここで鹿島鉄道に乗り換える。1年後の廃止が取りざたされている路線である。

ホームには1両編成のくたびれた気動車が停まっていた。車内は座席が軽く埋まる程度に混雑している。一番後ろで首からカメラを下げて立っている男性(と私)以外は地元の方々と見える。

のっそりと発車。石岡の市街地はすぐに途切れ,住宅の点在する田園地帯に入った。各駅で乗客を降ろし,しかし新たな客は乗せず,老列車は淡々と各駅に停車して,そして発車していく。

それにしてもよく揺れる。保線が行き届いていないように思われる。鉄道事故の多い昨今,老列車は安全に配慮してゆっくりと走ってくれる。が,それでもやっぱりよく揺れる。

常陸小川に到着。残っていた乗客のほとんどが下車し,車内は一気に閑散としてくる。にわかに廃止の話が頭をもたげてくる。それでも老列車はこれまで通りに動き出す。

右手に霞ヶ浦が見えてきた。海かと見紛うぐらい,とりとめもなく大きな湖だ。が,老列車は霞ヶ浦に驚いた様子も無く,これまで通りに淡々と各駅に停車し,誰も乗り降りさせず,発車していく。

浜駅に到着。ただでさえ雰囲気の良いこの駅では,それに加えて桜が鮮やかに咲き乱れている。客のまばらな,くたびれた侘しい車内から見ると,桜の華やかさが必要以上に際立って見える。が,現状がどうであれ,桜も鹿島鉄道も間もなく散る運命にある。

石岡を出て約1時間,終点・鉾田に到着。周辺を軽く散策したあと,迷いながらも鹿島臨海鉄道の新鉾田駅にたどり着いた。ここから鹿島神宮に抜けることにする。鹿島鉄道はもともと鹿島「参宮」鉄道だったことからして適切な帰路だとは思うけれど,鹿島鉄道に「臨海」が付いて鉾田駅に「新」が付いただけで立派な高架路線になり高架駅になるのは見ていてなんだか心苦しかった。


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