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  河和/内海(名古屋鉄道・河和/知多新線)

1.河和

 

2-1.内海(駅舎)

 

2-2.内海(ホーム)

【路線概略】

[河和線]知多鉄道が起源。1943年に名古屋鉄道の路線となった。特急,急行,普通電車が走る。終点の河和駅は2面4線の頭端式ホームとなっており,駅近くの港からは観光船も出ている。

[知多新線]河和線の富貴駅から分かれて知多半島を横切り,内海に至る路線。観光と宅地開発を目的に,1980年に全通した。特急,急行,普通電車が走り,その大半が河和線に直通する。

 

【路線データ】

(河和線)

営業キロ

運行本数

1944年12月
(知多線)

太田川−河和28.8km

?往復

1956年12月

太田川−河和28.8km

?往復

1968年12月

太田川−河和28.8km

?往復(他に区間列車あり)

1987年4月

太田川−河和28.8km

?往復(他に区間列車あり)

1992年3月

太田川−河和28.8km

50.5往復(他に区間列車あり)

2006年8月

太田川−河和28.8km

上り72本,下り76本
(他に区間列車あり)

(知多新線)

営業キロ

運行本数

1980年10月

富貴−内海13.9km

?往復

1987年4月

富貴−内海13.9km

?往復

1992年3月

富貴−内海13.9km

下り51本,上り49本

2006年8月

富貴−内海13.9km

68往復

 

【駅データ】

駅名

河和(こうわ)

所在地

愛知県知多郡美浜町大字河和字北田面5-1
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1935年8月1日(知多鉄道として)

乗降客数

5,237人(2000年度現在,1日平均)

駅名のルーツ

駅名

内海(うつみ)

所在地

愛知県知多郡南知多町大字内海字先苅171-4
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1980年6月5日

乗降客数

2,091人(2000年度現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2006年7月)

布土駅から普通電車に乗車。そこから2駅,たった5分で終点の河和に到着した。河和駅のホームは華麗な頭端式であった。

ここからバスで知多新線の出る内海に抜けようと思う。河和から内海へは師崎港を経由する海沿いのルートがあり,時刻表にもそれなりの本数が掲載されているのだが,大変な遠回りになる。そこでいろいろ調べたところ,本数が少ないながらも河和から知多半島を横断して直接内海に向かうバスがあることが判明した。こうして知ったのも何かの縁,意地でもこいつに乗ってやろうと思い,この区間のバスを基準に今日の日程を組み立ててみた。

が,それでも待ち時間が50分もある。ので,河和駅周辺を歩いてみる。駅自体もそうだったけど,この地のあまりの栄えように驚いてしまった。この辺りに住んでおられる方には失礼ながら,もっと侘しく寂しい街を想像していたからだ。やはり温暖で陽気で住みよい南国に「侘しさ」や「寂しさ」は存在し得ないようだ。

こうして時間をつぶし,ようやくバス発車の時刻となった。が,乗っているのは私だけ。途中から乗ってくる客もいない。停留所を案内する車内放送だけが誰にも相手にされずに侘しく寂しく流れるばかりである。やはり温暖で陽気で住みよい南国でも「侘しさ」や「寂しさ」はしっかり存在するようだ。

結局,河和から私だけを乗せたバスは,途中で誰かを降ろすことなく,途中で誰かを乗せることもなく,15分で終点の内海に到着した。私を駅前で降ろしたバスは,侘しく寂しげに離れていった。

さて,その内海駅だが,最近開業しただけあって立派な高架駅となっている。が,最近開業しただけあって街外れに追いやられている感が否めない。駅は立派な高架造りであるもコンクリートはや黒ずみ始め,駅前広場は綺麗に整備されているも人通りほとんどなく,駅窓口には駅員氏が常在するもその駅員氏手持ち無沙汰で暇そうである。街の中心に君臨し街の賑わいの中心にあった河和駅とはあまりに対照的なその姿に,温暖で陽気で住みよい南国でもやっぱり「侘しさ」や「寂しさ」はしっかり存在するのだという思いを新たにした。


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