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  三木・厄神(三木鉄道・三木線)

1-1.三木(駅舎)

 

1-2.三木(ホーム)

 

2.厄神(ホーム)

【路線概略】 ※2008年4月1日廃止

播州鉄道が起源。播丹鉄道時代,国鉄時代を経て,1985年に三木鉄道に転換された。国鉄時代には加古川線直通列車が運転されていたが,現在は線内折り返しの普通列車のみとなっている。

 

【路線データ】 ※現在は廃止

 

営業キロ

運行本数

1925年4月(播丹鉄道)

厄神−三木4.1哩

下り12本,上り14本

1944年12月(国鉄)

厄神−三木6.8km

11往復

1956年12月(国鉄)

厄神−三木6.8km

14往復

1968年12月(国鉄)

厄神−三木6.8km

15往復

1987年4月

厄神−三木6.6km

19往復

2005年7月

厄神−三木6.6km

23往復

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

三木(みき)

所在地

兵庫県三木市福井2丁目
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1917年1月23日(播州鉄道として)

乗降客数

192人(1998年現在,1日平均)

駅名のルーツ

美嚢(みなぎ)郡からミキとなったか,水が良いための酒(御酒=ミキ)からであるが,おそらく前者の郡名による名であろう。

駅名

厄神(やくじん)

所在地

兵庫県加古川市上荘町国包
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1913年4月1日(播州鉄道の旧・国包駅として)

乗降客数

260人(1998年現在,1日平均)

駅名のルーツ

古代末期から全国各地に厄除けの神を祀ったところの1つ。

 

【乗車記】(2006年1月)

3月いっぱいで廃止になる急行「かすが」に名古屋から奈良まで乗車したあと,JRと神戸電鉄を乗り継いで三木までやって来た。次は不穏な動きの出ている三木鉄道に乗ろうと思う。

同じ「三木駅」を名乗りながら,神鉄のそれと三木鉄道のそれとは結構離れている。「DMVが導入されたらこんなところを走るのか」などと考えつつ,もう一つの三木駅に向かう。残念ながら,これからお世話になる三木駅のほうが町外れにあった。

駅員さんがいるが,切符は販売しておらず,運賃は車内で支払う由。発車まであと15分もあるが,改札をフリーでパスして車内に入り,少し遅い昼食をとる。

それにしても他に乗客が現れそうな気配が全くない。「ひょっとして貸切り状態になるのでは?」などという妙な期待を抱き始めた瞬間,買い物袋を提げたおばちゃんが賑やかに闖入してきた。その5分後,今度は私とほぼ同年代の若い男性が乗車してくる。結局,わずか3名の乗客を乗せた単行の気動車は,定刻14時38分,静かに三木駅のホームをあとにした。

とりあえず動き出したものの,車窓はびっくりするぐらいおもしろくない。これはもう日本屈指のつまらなさと言っていいだろう。だから,代わりにこんなことを書いておこうと思う。

14:39 高木駅到着。 乗車ゼロ。下車ゼロ。ドア開閉せず。
14:40 別所駅到着。 乗車ゼロ。下車ゼロ。ドア開閉せず。
14:42 西這田駅到着。 小学生3人乗車。下車ゼロ。
14:45 石野駅到着。 乗車ゼロ。下車ゼロ。ドア開閉せず。
14:46 下石野到着。 乗車ゼロ。小学生3人下車。

14:47 宗佐駅到着。

乗車ゼロ。下車ゼロ。ドア開閉せず。
14:49 国包駅到着。 乗車ゼロ。下車ゼロ。ドア開閉せず。

こうして定刻14時50分,終点の厄神駅に到着した。結局,三木から乗車した3人が,全線を乗り通す貴重な乗客となったのだった。

で,この列車がたたき出した輸送密度はわずかに4人。いくら平日の真昼とはいえ,これはあまりにひどい。この路線建設時のモチベーションはどんなだったか知らないが,少なくとも現在では人の流れとは無縁の方向に線路がのびている気がする。今もけなげに頑張っている三木鉄道には悪いのだが。

そんなことを考えつつ,JR加古川線に乗り換える。こちらは最近電化されたばかりで,真新しい電車が接続よくやって来た。さっそく乗り込むも,座席は完全に埋まっていて座れない。電化,新車に満員と,JR加古川線は今まさにわが世の春を謳歌しているようだ。どちらも同じ単行列車なのだけど,わびしく厳しい三木鉄道との対比が悲しいほど際立って見えた。


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