ホーム > 終着駅の情景 > 関・徹明町

ホーム > 廃線跡の情景 > 名古屋鉄道・美濃町線【現役時代の様子】


  関・徹明町(名古屋鉄道・美濃町線)

1.関

 

2.徹明町(駅名標)

【路線概略】 ※2005年4月1日廃止

美濃電気軌道が起源。かつては新関から美濃まで線路が延び,急行も運転されていたが,この区間は1999年に廃止された。その代わりに,新関−関間300mを延長して長良川鉄道と接続するようになった。全線を走破する電車はほとんどなく,基本的に徹明町−野一色・日野橋と名鉄岐阜−新関・関とに運行系統が分かれていた。経営努力もむなしく,乗客減少に歯止めがかからなかったことから,2005年3月いっぱいで廃止された。

 

【路線データ】 ※現在は廃止

 

営業キロ

運行本数

1925年4月
(美濃電気軌道

柳ヶ瀬−新美濃町15.5哩

?往復

1944年12月

柳ヶ瀬−新美濃町24.0km

?往復

1956年12月

徹明町−美濃24.9km

?往復

1968年12月

徹明町−美濃24.8km

?往復

1987年4月

徹明町−美濃?km

?往復

2005年3月

徹明町−関18.8km

22.5往復(他に区間列車あり)

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

関(せき)

所在地

岐阜県関市元重町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1999年4月1日

乗降客数

763人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

飛騨に赴く中世の駅次(えき)にあたる。長良川,津保川の間にある高原の上を占め,四方からの街道が集まるところでもあり,中世には関所が置かれた。

駅名

徹明町(てつめいちょう)

所在地

岐阜県岐阜市神田通り5
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1911年2月11日(美濃電気軌道として)

乗降客数

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2005年2月)

JRで岐阜にやってきた。今日の目的は廃止が近づいている名鉄美濃町線。廃止になる前に乗っておきたい。

最近駅名が変わった名鉄岐阜駅へと向かう。次に出る美濃町線の電車は新関行きだ。他の「新〜」駅が「名鉄〜」駅に改名された中,「新関」駅は「新関」駅のままだ。どうせすぐ廃止されるからだろうか。

発車した電車はいきなり面白いところを通る。1つ目の田神駅だ。どう見ても高くて降りられないホーム(各務原線用)を通過したあと,これなら降りられそうだと思える低いホームに停車する。乗降口の高さの違う両線が乗り入れるからこんなことになっている。

続いて舗装道路のど真ん中へ突入し,完全な併用軌道となる。律儀に信号に従って進行する。しばらくすると今度は道路に平行して走るようになった。普段見慣れない光景の連続に,じっと食い入るように周囲を見回す。

それにしても,車内にも車外にも,同好の士とおぼしき方々がたくさんいる。さすがに廃止が近いだけはある。彼ら(自分も含めて)が普段から乗りに来れば廃止にならずに済むのだろうが。

終点・新関に到着。ここから線路に沿って関駅まで歩くことにする。途中から電柱が急に真新しくなる。ここからが1999年に開業した区間だろう。たった300mなのですぐに到着した。のだが,たった300mなのに新関止まりの電車が多い。せっかく新しく作ったのだから,もう少し本数を増やして欲しい気がする。

待ち時間を利用して買った昼食を車内で食べ,関始発の電車で今通ってきた線路を逆戻りする。途中,野一色駅で下車し,徹明町行きに乗り換える。今度は完全な路面電車となり,岐阜の市街地を坦々と進み,終点・徹明町に到着した。

それにしても,この路面電車を利用するのは命懸けだ。道路のど真ん中で降ろされたが,安全地帯はない。申し訳程度に道路が緑色に塗られているだけだ。車が頻繁に行き交う中,スキをみて歩道に渡り,無用の安心感に包まれるうちに美濃町線の旅は終わった。


ホーム > 終着駅の情景 > 関・徹明町

ホーム > 廃線跡の情景 > 名古屋鉄道・美濃町線【現役時代の様子】