ホーム > 終着駅の情景 > 和歌山・貴志


  和歌山・貴志(和歌山電鐵・貴志川線)

1.和歌山駅のホームに停車するいちご電車

 

2-1.貴志(駅舎)

 

2-2.貴志(ホーム)

【路線概略】

山東軽便鉄道が起源。和歌山鉄道,和歌山電気軌道を経て1961年から南海電気鉄道の路線となった。利用者の減少が続いたため,2003年に南海が廃止の方針を打ち出したが,沿線から反対運動が巻き起こり,路線を引き継ぐ事業者が公募されることになった。その結果,岡山電気軌道が選ばれ,和歌山電鐵が設立されて,2006年4月から運行を開始した。いちご電車やおもちゃ電車の運転開始,貴志駅長に三毛猫の「たま」就任など,いろいろ話題を振りまいている。

 

【路線データ】

 

営業キロ

運行本数

1925年4月
(山東軽便鉄道)

東和歌山−山東5.0哩

?往復

1944年12月
(和歌山鉄道)

東和歌山−貴志14.3km

14往復
(他に区間列車多数あり)

1961年10月
(和歌山電気軌道)

東和歌山−貴志14.3km

33往復
(他に区間列車あり)

1968年12月
(南海電気鉄道)

和歌山−貴志14.3km

?往復

1987年4月
(南海電気鉄道)

和歌山−貴志14.3km

?往復

2007年8月

和歌山−貴志14.3km

34往復
(他に区間列車多数あり)

 

【駅データ】

駅名

和歌山(わかやま)

所在地

和歌山県和歌山市美園町5-2
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1924年2月28日(山東軽便鉄道として)

乗降客数

6,006人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

若山とも書いた。豊臣秀長の居城が吹上の岡に築かれ岡山と称したが,後に古歌でも有名な和歌浦に対して,ここを和歌山と名付けたという。

駅名

貴志(きし)

所在地

和歌山県紀の川市貴志川町大字神戸803
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1933年8月18日(和歌山鉄道として)

乗降客数

1,744人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2007年3月)

18きっぷを持って阪和線で和歌山入り。途中,紀伊駅で下車して根来衆で有名な根来寺までバスで往復し,2駅進んだ紀伊中ノ島駅で再び下車して和歌山線の旧ホーム跡を一瞥したあと,最後にもう1駅進んで和歌山駅に到着した。

心機一転,再出発と相成った和歌山電鐵のホームに向かう。南海時代に乗ったことのある路線だが,経営移譲後何かと話題を振りまいているので,再び様子を見に来たのだった。

ホームに到着。・・・・・・と,白地の車体に赤で文字やイラストが描かれた印象的ないちご電車が,ともすれば陰気でけだるくなりがちなローカル線のホームを華やかに演出していた。どう見ても同業者とは思われない若い女性2人が,わいわい楽しそうにいちご電車をカメラに収めている。一般の方々をしてにわか鉄道ファンに変身させるいちご電車の華やかさに,一介の既鉄道ファンである私も何だか嬉しくなってきて,和歌山電鐵の明るい未来を早くも確信することができた。

さっそく車内に乗り込んでみて,驚いた。座席はどこにでもあるロングシートだが,よく見るといちごのイラストが小さくびっしりと描かれている。車両端の座席には同じくいちご柄の座布団が敷かれていて,その前には楢の木を使った小さなテーブルがちょこんと立っている。天井からぶら下がる吊り輪も樺の木目調で,2両編成中央の連結部にかかっている暖簾もいちごをあしらったものだ。車外・車内のどこを見ても楽しげないちごがあふれていてかわいらしく,どこを見ても柔らかい木目調があふれていて乗客に優しく,要するに乗っているだけでうきうきした気分になってくる。私はまるで遊園地に来たかのような錯覚を覚えた。

そんな非現実的ないちご電車に乗って和歌山駅を出発,貴志駅に向かう。ふと車窓に目をやると,ごくごくありふれた住宅地とごくごくありふれた田園地帯が四角い枠の中を左へ左へと流れていく。沿線の方々と和歌山電鐵の関係者には非常に申し訳ないけれど,要するにそれら車窓は南海時代と何ら変わりはなく,一気にごくごくありふれた日常に引き戻されたような気がした。


ホーム > 終着駅の情景 > 和歌山・貴志