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  常北太田・鮎川(日立電鉄・日立電鉄線)

1.常北太田(駅舎)

 

2.常北太田(ホーム)

 

3.鮎川(駅舎)

 

4.鮎川(ホーム)

【路線概略】 ※2005年4月1日廃止

常北電気鉄道が前身。戦争中に日立電鉄と社名を変えた。日立までの路線延長を目論んだが,結局実現できず。日本初のワンマン電車運転など経営改善に取り組んできたが,乗客減少に歯止めがかからず,老朽化した施設の更新もままならなくなったため,2005年3月31日をもって廃止された。

 

【路線データ】 ※現在は廃止

 

営業キロ

運行本数

1930年10月
(常北電気鉄道)

大甕−常北太田11.6km

25往復(他に区間列車あり)

1944年12月

大甕−常北太田11.6km

?往復(他に区間列車あり)

1956年12月

鮎川−常北太田18.1km

?往復

1968年12月

鮎川−常北太田18.1km

下り40本,上り35本

1987年4月

鮎川−常北太田18.1km

29.5往復(他に区間列車あり)

2005年3月

鮎川−常北太田18.1km

24往復(他に区間列車あり)

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

常北太田(じょうほくおおた)

所在地

茨城県常陸太田市山下町木崎下1705-1
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1929年7月3日(常北電気鉄道として)

乗降客数

1,322人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

駅名

鮎川(あゆかわ)

所在地

茨城県日立市国分町1-6-2
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1947年9月1日

乗降客数

694人(2000年現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【乗車記】(2004年8月)

水郡線常陸太田駅から歩道橋をわたって日立電鉄常北太田駅の前に降り立つ。廃止が決まった日立電鉄線。息絶える前の雄姿を目に焼き付けておきたい。

一呼吸おいてから中に入る。と,そこには古き良き時代の,愛くるしい鉄道風景が広がっていた。かなり古びた線路。どこか懐かしい駅名標。ちょこんとしたかわいらしい電車・・・。だけどそれだけではない。まもなく訪れる「最期」を運命付けられた路線が,「最後」の力をふりしぼって燃え尽きようとしているようにも見える。しばし呆然と立ち尽くす。

くたびれた電車は,のっそりと常北太田駅を発車した。途中の駅では,あろうことか,電車が完全に停車する前にドアが開いてしまった。しかし,乗り降りする客はいない。そんなアクシデントはなかったかのごとく,電車は今までと同じように走り出した。

大甕駅ではある程度まとまった乗降がある。すぐ横を走る立派なJR常磐線への乗換駅である。しばらく停車したあと,JR線のご機嫌をうかがい,遠慮するかのように,ひっそりと発車した。

まもなく終点の鮎川駅。いかにも中途半端なところに終点がある。夕暮れ時ともあいまって,予想以上に寂しい雰囲気を漂わせていた。日立方面へ歩いてみる。線路がしばらく続いている。草が好き放題に生えている。車両がひっそりと留置されている。線路はそこでぷっつりと途切れている。日立まで延びるはずだった線路は,結局ここまでしか延びなかった。

と,すぐ横をJRの特急電車が通過する。日立電鉄に乗ってきた身からすると,信じがたいほどの高規格路盤の上を,信じがたいほどの長大編成で,そして信じがたいほどの高速で。JR常磐線が光り輝いて見えた。

 

追記(2005年3月31日)

石巻線女川駅を訪問したあと,JR常磐線で今日の宿泊地である水戸に向かう。去年8月に鮎川駅から歩いた常陸多賀駅を発車すると,車内に次のようなアナウンスが流れた。

「次は大甕,大甕です。日立電鉄線はお乗り換えです。・・・なお,日立電鉄線は本日をもって廃止となります。明日からは代行バスをご利用ください。・・・・・・」

今日は日立電鉄線の最後の日なのだった。薄情なことに,すっかり忘れていた。が,隣のおっさんはもっと薄情(冷静)だった。

「日立電鉄線廃止,か。まぁこれも時代の流れ,仕方ないよなぁ。」


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