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  安徳(島原鉄道・島原鉄道線)

1.ホーム

 

2.雲仙普賢岳

 

3.砂防工事が施された水無川

【駅概略】  ※2008年4月1日廃止

島原鉄道南島原駅から南へ3.1kmの地点にある無人駅。雲仙普賢岳の噴火にともなう火砕流およびその後の土石流により甚大な被害を被ったが,1997年に高架化の上,復旧した。駅周辺には水無川が流れ,普賢岳の噴火後に整備された導流堤もある。

 

【駅データ】  ※現在は廃止

駅名

安徳(あんとく)

所在地

長崎県島原市北安徳町丁2298-2
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1922年4月22日(口之津鉄道安中村駅として)

乗降客数

57人(1998年度現在,1日平均)

駅名のルーツ

 

【停車本数データ】  ※現在は廃止

1925年4月(口之津鉄道・安中村駅)

7往復

1944年12月(島原鉄道・安中村駅)

6往復

2006年9月

13往復

 

【訪問記】(2006年9月)

特急列車で諫早に到着。トイレを済ませてから,同行者とともに島原鉄道に乗り換える。台風が接近する中,2年前にも乗車した路線である。今回は台風の接近もなく,実に穏やかな晴天が広がっている。

諫早から1時間半ほど揺られ,安徳駅で下車した。が,別に安徳駅自身に魅力を感じているわけではない。安徳駅には非常に申し訳ないが,安徳駅は一地方私鉄にある一ローカル駅に過ぎず,わざわざ降りるに値しないと思っている。ではなぜここで降りたのか?それはここが雲仙普賢岳の麓だからである。

計画段階で駅付近の地図をつぶさに見ていると,安徳駅の南側を流れる水無川の上流にある「大野木場小学校跡」の8文字が目に留まった。位置から察するに,普賢岳の噴火で被災した小学校をそのまま保存していると思われる。ここなら向かう途中で雲仙普賢岳も見えるだろうし,「雲仙普賢岳に行きたい」という同行者の漠然とした要望にも沿えそう(?)だ。というわけで,この小学校跡を目的地に設定し,最寄りの安徳駅で下車したのだった。

まずは導流堤の南側を西に向けて歩く。といっても高い堤防の外側底部に道がついているので川の流れは見えない。「水無川」なので,そもそも水が流れていないという話もあるが。

やがて国道57号線を横切り,今度は畑の中の道を行く。ここまでもそうだったが,ここからもほぼ一定勾配の登り坂が続いている。地図を見ても,等高線が南北にほぼ等間隔に並んでいるのが分かる。

安徳駅を出て約1時間,ようやく小学校跡に到着した。案内板によると,予想通り火砕流の熱風で焼け落ちた小学校をそのまま保存している由。その様子をここでつぶさに紹介したいのだが,その迫力といったら明らかに私の筆力を凌駕している。ので,非常に申し訳ないが,ここでは何も言わないことにする。一度現地に足を運んでいただいて,実際に見ていただくほかないだろう。

息を呑んでこの凄まじい廃墟を見物した後,隣接して設けられている「大野木場砂防みらい館」に入る。ここでは噴火災害の恐ろしさや砂防事業の重要性を展示や映像で学ぶことができる。自然の脅威にも敢然と立ち向かう人間の不屈の精神を感じた。

すっかり満足し,駅に戻り始める。途中の坂道でふと後ろを振り返ると,巨石がごろごろした扇状地のような斜面を前に,雲仙普賢岳が頂に雲を冠してそびえ立っていた。そんな私のすぐ横を流れるのは大規模な砂防工事を施された水無川。片道4kmの少々過酷な徒歩移動ではあったけれど,それゆえに自然の猛威を前にした人間の小ささを実感でき,それに打ち勝とうとする人間の偉大さをも実感できた気がして,普賢岳から吹き降ろすすがすがしい風に吹かれつつ,足取り軽く安徳駅へと下っていった。


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