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  南清水沢(JR北海道・石勝線)

1.駅舎

 

2.ホーム

 

3.清水沢清陵町の街並み

【駅概略】

JR石勝線の夕張駅から南へ3駅,9.4kmの地点にある簡易委託駅。1面1線のホームとコンクリート造りの駅舎がある。路線開業時には設置されていなかったが,周辺に市街地が形成されてきたため,1962年に新設された。

 

【駅データ】

駅名

南清水沢(みなみしみずさわ)

所在地

北海道夕張市南清水沢2丁目
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1962年12月25日(国鉄夕張線として)

乗降客数

駅名のルーツ

清水沢(付近の志幌加別川に清水の湧き出るところがあることから)の南方にあることから。

 

【停車本数データ】

1968年12月(夕張線)

11往復

1987年4月

9往復

2005年10月

9往復

 

【訪問記】(2005年10月)

旧国鉄・夕張枝線の痕跡および楓駅[2代目]の跡地を探索したあと,登川から夕鉄バスに乗車。清水沢駅前で下車した。ここから約1時間かけて,夕張の街中を散策しようと思う。

夕張といえば炭鉱だ。最盛期にはどす黒い炭住が建ち並び,人口も11万7千人を数えたというが,炭鉱が閉山した現在では1万5千人にまで減少している(夕張市HPより)。今の日本の繁栄を支えた夕張に感謝とねぎらいの念があり,また判官びいきの気持ちもあって,一度ゆっくり散策したいと思っていた。その積年の思いが今日果たせるわけである。

バスを降りて少し南下し,国道452号線を西に向かう。数百メートル行ったところで右に折れ,道なりに進むと,おそらくは炭住と思われる画一的な造りのアパート群が現れた。非常にうらぶれており,「炭鉱の町」を感じる。が,結構人々の往来があり,子供たちの歓声なんかも聞こえて,意外と活気がある。

そのまま道なりに進み,左に折れ,清水沢橋を渡る。この辺りが清水沢清陵町で,左手の高台に街並みが広がっている。さっそくその中に足を踏み入れてみると,なんだか急に懐かしい感じに襲われた。若造の私がこんなことを言うのは変だけど,なんだか時代が急に昭和に戻ったような感じがするのだ。

さっきよりは大規模な,だけどさっきと同じく画一的でうらぶれたアパート群がある。うらぶれた商店なんかもある。・・・・・・なんだかうまく言葉で表せないけど,とにかく街並み全てが味わい深い。歴史の重みと残酷さがひしひしと伝わってくる。

と,裏山にトンネルがぽっかり口を開けているのが目に留まった。まさしく吸い込まれるようにしてそのトンネル入り口に向かう。入り口には柵がしてあって中には入れないのだが,その上には「北炭夕張新炭鉱」と書いてある。最盛期にはヤマの男たちがここから炭鉱に入っていったのだろう。別に縁もゆかりもないけれど,そのままそこに立ち尽くし,往時に思いを馳せた。

そろそろ時間がなくなってきた。これで散策を切り上げることにし,夕張川にかかる歩道橋を渡って南清水沢駅に向かう。その途中で後ろを振り返ると,清水沢清陵町の街並みが眼下に広がっていた(写真3)。青または赤の屋根をした画一的なアパート群が建ち並んでいて,ここが炭鉱の町だったことを改めて実感した。

南清水沢駅に到着。掲示物などでにぎにぎしい駅舎の中で待っていると,やがて迎えの普通列車がやって来た。たくさんの高校生が乗ったその列車にたくさんの高校生と一緒に乗り込む。やがて動き出した列車とともに,哀れで不憫な夕張の地をあとにした。

・・・が,これで夕張を十分に理解したと思うのは間違いだろう。夕張には開拓以来の壮大な歴史があり,重みがあって,まだまだ訪れるべき場所がたくさんある。こんなごく短い時間でごく一部をごくお手軽に散策しただけで夕張を理解したと思うのは夕張に対して失礼だ。だから機会があれば何度でも夕張に足を運ぼうと思う。皆さんもこんな拙文で満足しないで(もともと満足できないだろうけど),ぜひ一度夕張を表敬訪問していただきたいと思う。


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