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  陸中大橋(JR東日本・釜石線)

1.ホーム(遠野方面をのぞむ)

 

2.駅全景(釜石方面をのぞむ)

 

3.駅前通り

 

4.釜石鉱山

 

5.旧・釜石鉱山鉄道の大橋駅跡

【駅概略】

JR釜石駅から釜石線を4駅,16.5kmの地点にある無人駅。遠野方面から東進すると,釜石市内に入ってすぐのところにある。遠野・釜石両市を隔てる仙人峠は非常に険しく,釜石線が開通するまで荷物は索道,乗客は徒歩で連絡していた時代もあった。この区間の開通で1950年に全通した釜石線も勾配緩和のためオメガ状に線路が敷かれており,トンネルを抜けて釜石市内に入るとすぐ右手下方に陸中大橋駅を俯瞰することができる。

駅周辺には鉄・銅を産する鉱山(釜石鉱山)があり,採掘された鉱石は旧・釜石鉱山鉄道や全通した国鉄釜石線によって貨車で積み出されていった。釜石鉱山鉄道時代の大橋駅は現在の陸中大橋駅とは異なる位置にあり,スイッチバック式の終着駅だったという。周囲には鉱山関係者が生活する社宅が建ち並び,商店や学校,病院などもあって,大いに賑わっていたが,時代の移り変わりとともに鉱山は1993年までに採掘を終了。駅周辺に開けていた「ヤマの町」も現在ではほぼ壊滅状態となっている。以前は急行列車も停車していた陸中大橋駅も,往時を偲ばせる複数の側線とホッパーの跡が残るのみで,現在は急行から格下げとなった快速「はまゆり」号すら通過し,普通列車のみの停車となっている。

 

【駅データ】

駅名

陸中大橋(りくちゅうおおはし)

所在地

岩手県釜石市甲子町
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1944年10月11日(貨物駅として)

乗降客数

駅名のルーツ

この土地に大きな橋が架けられたことを喜ぶ記念地名。

 

【停車本数データ】

1947年6月

上り3本

1956年12月

7往復

1968年12月

12.5往復

1987年4月

下り9本,上り11本

2007年10月

8.5往復

 

【訪問記】(2007年8月)

これまで幾度となく走破した釜石線。今まで途中下車したことはなかったが,乗るたび気になる小駅があった。陸中大橋駅である。駅に停車したときに見える巨大なコンクリート廃墟は,いつも私の胸を熱くした。また時刻表的な知識としては,以前は急行列車も停車していたのに,今では急行から格下げになった快速列車ですらあえなくこの駅を通過している。陸中大橋駅には何かがあるに違いない。その「何か」を確かめるため,同行者とともに今日ついに陸中大橋駅のホームに降り立った。

その助けとして,今日は資料をたくさん持ってきた。現在の2万5千分の1地形図,30年前に撮影された空中写真,そして昔この辺りに住んでいた方が思い出しながら作成したヤマの町・大橋の地図である。そこには「○○屋」「○○社宅」「学校」などの文字が賑々しく並んでいる。これら資料と目の前に広がる現実とを忙しく比較しながら,じっくり周辺を散策してまわろうと思う。

まず駅前通りに出る。真新しい郵便局もあるが,見るからに活気がない。昔の地図に書き込まれた数々の「○○屋」も一部を除いて今は跡形ない。

小さな橋を渡り,道なりに緩やかに右に曲がる。この辺りも興味をそそられるが,まずは無視して北上し,すぐに右に折れて再び小さな橋を渡る。昔の地図によると,「西部社宅」があったようだが,今は何もない。

道なりに進んで「広場」跡に出る。昔はここに地域の人々が集まって祭りなんかが行われていたのだろうか。勝手な想像がふくらむ。さらに進むと「東部社宅」跡があり,陸中大橋駅を望むことができる。手前には巨大なホッパーの跡があり,往年の殷賑をしのばせる。今来た道を少し戻ると,今度は右手に「所長宅」跡がある。それにふさわしき,石垣が残る立派な一軒家風の敷地だが,今は重機が入って全てを無に帰している最中だった。

小さな橋を渡って陸中大橋駅前から続く目抜き通りに戻り,再び北上する。両側には「前山社宅」や「駅前社宅」が建ち並んでいたようだが,今はそれらしき草生した敷地が残るのみで,往時の生気は感じられない。

やがて「事務所」跡に到着。この先に「鉱山学園」跡があるようだが,残念ながら「関係者以外立入禁止」の看板がある。ここより奥は鉱山会社の私有地のようだ。大橋の町の変遷には興味があるけれど,さりとて不法侵入してまでとは思わないので,ここでおとなしく引き返す。

引き返しつつも,周囲を注意深く観察する。先の「駅前社宅」がさっきから気になっている。国鉄の陸中大橋駅からは遠く離れたこの場所にあるこの社宅の名前は,まさしく旧・釜石鉱山鉄道の大橋駅から来ているに違いない。しかもその大橋駅は非常に珍しいスイッチバック式の終着駅だったという。

その痕跡を求めて,「駅前社宅」跡南西隅で立ち止まっていると,山際の古びた工場からご老人がひょいと出てきて,親しげに話しかけてこられた。この男性,釜石線が全通する前から大橋で働いているという。時間はたっぷりあるので,いろいろお話を伺う。

○昔は多くの人がここで働いていたが,今はすっかり人が減ってしまったこと・・・・・・。

○今いる場所のすぐ東に架かる橋の下には,鉱石を陸中大橋駅まで運ぶパイプが通っていること・・・・・・。

○目の前に見える学校風の建物は実は集会場跡で,大橋にやって来たときにはここで会社の面接を受けたこと・・・・・・。

・・・・・・,・・・・・・,・・・・・・・・・。

「そろそろ仕事に戻らにゃ怒られるわ」と言って工場に戻っていった男性に丁重に別れを告げ,さらに探索を続ける。陸中大橋駅前から続く目抜き通りが釜石鉱山鉄道の線路跡で,集会場跡から南に続く広い空き地が件の駅の跡地だという。さっそく行ってみると,明らかに水平になるように人為的に造成された平らな区画があり,そこから東側の目抜き通りに通じる地下通路があり,南端には古ぼけた階段もついている。しばらく佇んでいると,駅跡らしい雰囲気が十二分に感じられ,すっかり満足してしまった。

陸中大橋駅に戻る。探索はこれにて切り上げ,駅前からバスに乗って釜石の街に向かおうと思う。

すっかり寂しくなってしまった大橋の町。・・・が,今なおここで働いている人がいる。バスも毎日街からやって来て,街へと向かっていく。優等列車が軽くあしらうようになった陸中大橋駅も,普通列車が毎日17回到着しては発車していく。すっかり寂しくなったには違いないが,まだ死んではいないようだ。


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