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  繁藤(JR四国・土讃線)

1.駅舎

 

2.ホーム(高知方面をのぞむ)

 

3.崩壊地の跡(植生が周辺と異なっている)

 

  4.繁藤側に残る橋台跡   5.4.近くの橋脚跡(?)

 

  6.路盤跡(?)   7.土讃線を跨ぐ橋台跡

【駅概略】

土佐山田駅から北へ2駅,13.7kmの地点にある無人駅。四国の駅の中で最も標高の高い海抜347mの山間部にあり,国道32号線と穴内川に挟まれて2面3線のホームと駅舎がある。当駅(当時は天坪駅)から穴内川の上流に向かって石原満俺(まんがん)軌道が出ていたが,1952年頃に撤去された。また1972年7月5日には大雨で駅北側の斜面が崩れ,繁藤駅に停車していた列車2両が穴内川に押し流されるなど,死者・行方不明者60名を出す大惨事(繁藤災害)が発生した。

 

【駅データ】

駅名

繁藤(しげとう)

所在地

高知県香美市土佐山田町繁藤
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1930年6月21日(高知線天坪駅として)

乗降客数

駅名のルーツ

シゲは「茂」の意で,草木の茂った未開の地をいう。トウは「峠(たお)」の転。シゲトウとは開拓されていない傾斜地(峠)をいったものだろう。

 

【停車本数データ】

1930年10月(高知線・天坪駅)

7往復

1944年12月(天坪駅)

9往復

1956年12月(天坪駅)

8往復

1968年12月(土讃本線)

10往復

1987年4月(土讃本線)

8往復

2006年3月

8.5往復

 

【訪問記】(2006年3月)

春うららかな陽気のもと,高知から普通列車に乗車。途中から山間部の急勾配に入り,やっと平坦部に出て一息ついたところで繁藤駅に到着。18きっぷを見せて下車した。

この駅には2年ほど前にも来たことがある。この駅から石原満俺軌道という鉄道が出ていたことを知り,その謎めいた素性に心惹かれて痕跡を探りに来たのだが,結果は芳しくなかった。土讃線の車窓からも見れる橋台跡を見ただけで,あとは穴内川を時間が許す限り遡れど遡れどそれと断定できるものは見つからなかった。というわけで,今回はそのリベンジである。

もう一つ,この駅には忘れてはならない過去がある。1972年に発生した繁藤災害だ。今回は繁藤災害の報告書を携え,高知からの普通列車の中で再読しておいた。

まずは駅舎を出て右手,崩壊地跡に向かう。報告書に載っている崩壊地図と照らし合わせつつ斜面を眺めると,崩壊跡地に生える木々が周囲に比べて若いことが確認できた。2万5千分の1地形図にも崩壊跡地ははっきりと記載されている。

崩壊土砂が襲ったと思われるその若木エリア直下には,建物がまばらにしかない。しかも,そのまばらにしかない建物は,西側にある建物と比べて何となく新しい気がする。・・・・・・繁藤災害から30年以上経っているので,あくまで「何となく」だが。

繁藤災害後,県により排水用の横ボーリング工などの対策工事がなされた。それも見られるかと思って斜面をさらに眺めると,確かにそれらしき排水路が山際にいくつか見つかった。・・・・・・どこにでもありそうなものなので,これもあくまで「それらしき」だが。

今はごくごく普通の斜面に過ぎないけれど,よく見ると何となくにも過去の崩壊の痕跡がこんな感じで垣間見える。繁藤災害で犠牲になった方々の冥福を祈ると共に,このような悲惨な災害を二度と繰り返してはならないとの思いを新たにした。

・・・・・・。

今度は駅舎を出て左手,満俺軌道跡の探索に向かう。前回も探索したので大体の様子は分かっている。

まずは土讃線と穴内川に挟まれたエリアに向かう。基本的に田畑となっているが,何やら藪と化した盛土のようなものが土讃線に沿って続いている。2万5千分の1地形図でも土堤のマークがついている。前回はよく分からなかったが,今回は穴内川を渡る直前まで執念深く探索した結果,満俺軌道のものと思われる橋台跡を発見することができた(写真4)。さらに,そこから穴内川を覗き込むと,橋脚の基礎のようなものもある(写真5)。・・・・・・あくまで「思われる」「ようなもの」だが。

そこから今来たほうへ少し戻り,藪を掻き分け橋台跡から続く盛土によじ登ってみる。と,いかにも軌道が走りそうな雰囲気が感じられた(写真6)。・・・・・・あくまで「雰囲気」だが。

前回は見つからなかったものをいくつか発見でき,大満足で次のポイントへ移る。いったん国道に出て西進し,すぐのT字路を左に折れて橋を渡り,さらに左に折れて農道を行くと,土讃線のトンネル横に出た。ここには土讃線を跨いでいた軌道の橋台が残っており(写真7),これは前回も見ている。問題はそこから先だ。そのまま頭の中で線路を延ばして軌道の軌道をイメージしてみるのだが,いまいちよく分からない。右手の田んぼの隅に残る石垣とつながる気もするが,確信は持てなかった。

ここで時間切れ。大急ぎで駅に戻る。

今はどこにでもありそうな山中の小駅に過ぎない繁藤駅。だが,それでも他の地に負けず劣らず壮大な歴史を有していて,見るべきものがたくさんある。昔を物語る遺物にはなかなか確信が持てないことが多いけれど,私は大いに満足して,繁藤の地をあとにした。


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