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  高島(北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線)

1.駅舎(正面から)

 

2.駅舎(ホーム側から)

 

3.北見方面から迎えにやって来た列車(待合1号とともに)

【駅概略】 ※2006年4月21日廃止

北海道ちほく高原鉄道の池田駅から2駅,11.5kmの地点にあった駅。2面2線の交換設備を持ち,近年までは駅員も配置されていた。駅周囲には郵便局や各種商店,学校のある立派な集落が形成されており,快速「銀河」をはじめ全列車が停車していたが,ふるさと銀河線の廃止に伴い2006年4月20日をもって廃止された。

 

【駅データ】 ※現在は廃止

駅名

高島(たかしま)

所在地

北海道中川郡池田町高島8-1
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供) 

開業

1910年9月22日(国鉄網走線として)

乗降客数

33人(1998年現在,1日平均)

駅名のルーツ

易学者・高島嘉右衛門氏所有の農場内に位置したことによる。

 

【停車本数データ】 ※現在は廃止

1925年4月(国鉄網走本線)

3.5往復

1944年12月(国鉄網走本線)

5往復

1956年12月(国鉄網走本線)

5往復

1968年12月(国鉄池北線)

8.5往復

1987年4月(JR北海道池北線)

8往復

2006年1月

8往復

 

【訪問記】(2006年1月)

薫別駅から池田行き普通列車に乗車。1時間ほど揺られ,定刻に高島駅に到着した。

ふるさと銀河線にはこれまで2度乗ったことがあるが,いずれも足寄町や陸別町内の魅惑的な駅を表敬訪問するばかりで,池田町内や置戸以北の駅々はご無沙汰だった。そんな中,池田町にある高島駅は車窓から観察するに実に味わい深く,通過するたびに途中下車したい衝動に駆られていた。その積年の思いを今日果たしにやって来たわけである。

と,薫別駅から一緒に乗車した男性が,なんとここでも一緒に下車しようとしている。薫別から高島までという通常では考えられない旅客流動を,奇遇にも一つの列車で2人の人間が完全に独立に実行しようとしている。だから彼に妙な親近感を覚え始めたのだが,彼のほうは列車を飛び降りて慌しく駅舎などを撮影すると,高島駅で交換となる北見行き列車に飛び乗って去って行った。

さて,私のほうは高島の集落をゆっくり散策してみようと思う。幸か不幸か,次の列車までは約1時間半ある。

まずは駅を出て左手,南方に向かう。郵便局や寺院があるものの,すぐに家並みは途絶え,特に見るべきものはない。

翻って今度は北方へ,国道242号線に出るまで歩いてみる。集落を貫く道の左右に家が建ち並び,商店なんかもあって,人や車の往来が結構ある。集落中心の交差点には信号機まであった。

一通り歩いてみたものの,特におもしろくも何ともない。どこにでもあるごくごく普通の集落だ。しかし,今まで壊滅寸前の集落を数多く見てきた身からすると,この高島のどうということのなさは,ある意味貴重であり,歓迎すべきことのように思う。別に高島の地に縁もゆかりも愛着もないけれど,なんだかほっとしてしまった。

・・・・・・。

迎えの列車の時間が迫ってきた。駅に戻ることにしよう。

ここで今回の訪問の動機となった味わい深い木造駅舎をじっくり眺めてみる。雪を被っていて今までの印象とは異なっているものの,味わい深いものはやはり味わい深い。駅舎前には1本の大きな木があり,味わい深さを強調していた。

ホームに出て列車を待つ。ホームにも味わい深い木造の建物がある。どうやら待合室らしい。近づいて観察してみると,「待合1号」とある。扉を開けて中に入ると,案外広くて快適だった。

間もなく迎えの列車がやって来た。宿願をついに果たし,しかも元気な高島の集落に接することもでき,晴れ晴れとした気分で乗り込む。乗り込んだ列車は,今度は交換待ちもなくあっさり池田に向けて走り出す。走り出した列車は,見る間に高島の町から遠ざかっていく。

あと2ヵ月半で廃止されることが決まっているふるさと銀河線。高島はもうじき鉄道の通わぬ町となる。それでも高島は今日のように元気であり続け,活気を見せ続けるのだろう。「・・・のだろう」というより,そうであってほしい。

高島の玄関口として,今まで本当にご苦労さま。訪問が遅くなってごめんなさい。

そして,さようなら,高島駅・・・・・・。


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