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  脇野田(JR東日本・信越本線)

1.駅舎

 

2.停車中の新井行き快速列車「くびき野2号」と建設中の新幹線駅舎(新井方面をのぞむ)

 

3.ホーム(直江津方面をのぞむ)

 


4.故長谷川八郎君之碑

 

【駅概略】 ※2014年10月19日新駅舎に移設

JR直江津駅から信越本線を南へ4駅,10.4kmの地点にある駅。1918年に信号場として開設されたが、地元の要望を受け、1921年に駅に昇格した。2015年3月14日に開業する北陸新幹線との乗り継ぎの便を考慮して、2014年10月19日に西に約120m離れた北陸新幹線の上越妙高駅の駅舎に移設された。この際、旧・脇野田駅付近の信越本線も付け替えられた。移設後も駅名は「脇野田」のままだが、北陸新幹線の開業に合わせて、えちごトキめき鉄道の妙高はねうまラインに移管され、「上越妙高」駅に改称される予定。

 

【駅データ】 ※2014年10月19日新駅舎に移設

駅名

脇野田(わきのだ)

所在地

新潟県上越市大和
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1921年8月15日

乗客数

139人(2013年現在、1日平均)

駅名のルーツ

本田に対して、その脇に新たに開墾した田で、小田と同義。

 

【停車本数データ】

1925年4月

13.5往復

1944年12月

下り12本、上り14本

1956年12月

16.5往復

1968年12月

16.5往復

1987年4月

21.5往復

2014年3月

21往復

 

【訪問記】(2014年9月)

来年3月14日に、北陸新幹線の長野−金沢間が開業することが決まった。新潟県上越市にも、信越本線の脇野田駅と交差する地点に上越妙高駅が開業する。開業に向けて、地元では歓迎ムードが高まっている。

その新幹線駅、厳密には脇野田駅から西に約120m離れた位置に整備されるため、乗り換えの便を考慮して、信越本線の線路を付け替えた上で、脇野田駅を新幹線駅に移設し、10月19日から一足先に新幹線駅舎で営業を開始することになった。現・脇野田駅に思い入れはないが、聞くところによると、大正時代の駅舎が今なお現役で活躍しているという。となると、移設前に訪問したほうがいい気がしてきて、しばらく思案したものの、結局訪問することにした。

信越本線の普通電車に乗って、脇野田駅に到着。同業者と思われる何人かの乗客とともに下車する。

ホームに降り立つ。西側に真新しい巨大な建物があるのが目に飛び込んでくる。緑色の「JR」の文字の横に黒で「上越妙高駅」と書いてある。そう、これが来年春に開業する北陸新幹線の上越妙高駅である(写真2)。来月に迫った脇野田駅の移転先でもある。

余談だが、脇野田駅が新幹線より一足先に新幹線駅舎に移転して開業するのに伴い、駅名は移転する10月19日から「上越妙高」駅に改称されるものだと思い込んでいた。来年の3月14日に在来線のホームの駅名標を「脇野田」から「上越妙高」に取り換える作業が面倒だからである。ところが、移転後も、来年の新幹線開業までは「脇野田」駅のままだという。「脇野田」の駅名にみんな愛着があって名残惜しいからなのかと思ったが、冷静に考えると、新幹線開業時に並行在来線はJRから第三セクターのえちごトキめき鉄道に移管されるので、どのみちえちごトキめき鉄道仕様の駅名標に付け替えるはずだ。だから、手間は一緒なのだろう。

構内踏切を渡って、駅舎に入る。ありふれた木造平屋で、特筆すべきことはないが、雰囲気の良い駅舎であることは確かだ。開業当時の駅舎を修繕しながらこれまで使ってきたという。

駅舎を出る。駅前広場の一角に石碑がある。読むと、「故長谷川八郎君之碑」とあった(写真4)。脇野田駅はもともと信号場として開設され、1921年に駅に昇格しているが、駅建設にあたり土地を寄付した大地主をたたえるため、1934年に建立されたものという。駅昇格から90余年、今や新幹線の停車駅へと飛躍しようとしている脇野田駅に、長谷川八郎君も天国で目を細めているに違いない。

駅舎から少し離れて、駅舎全体を俯瞰する。味わい深い木造平屋の駅舎が佇み、その左手には巨木が生い茂っている(写真1)。地方を走る路線にはごくありふれた風景だが、背後に巨大な建物がそびえているのが異質である。

駅舎に戻り、ホームに出る。間もなく迎えの普通列車がやって来た。脇野田駅の現駅舎は、新幹線駅の周辺整備のため、移設後、早々に取り壊されるという。新幹線駅への昇格という発展的解体だから、感傷的になる必要もないだろう。・・・とは思いつつ、「これまでお疲れ様」と心の中で呟いてから、数人の同業者と数人の一般利用客とともに列車に乗り込み、脇野田駅を後にした。

 

追記(2014年10月)

ついに脇野田駅が移設される日がやってきた。移設直前の16日には、地元の住民らでつくるグループが、現駅舎に感謝を示そうと、駅舎の清掃活動を行ったという。あと3日で営業を終了し、解体される駅舎の清掃をするなんてすごいことだ。脇野田駅がこれまでいかに愛されてきたかの証左でもある。「脇野田」の名称は、駅名としては来年3月14日で消滅するが、新幹線駅の東西自由通路の名称(脇野田通り)として残るという。新装開業した脇野田駅と来春開業する新幹線駅が、これまで以上に地域の発展に寄与することを切に願う。


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