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  呼野(JR九州・日田彦山線)

1.田川後藤寺方面をのぞむ(左手が旧引込み線,右が本線)

 

2.現ホーム(左)と旧ホーム(右)

 

3.加速線跡

 

4.小倉方面から迎えにやって来た列車

【駅概略】

小倉から南下するJR日田彦山線にある無人駅。香春町との境を成す金辺峠の北九州市側にある。以前はX型のスイッチバックが設けられ,駅員も配置されて列車の行き違いが行われていたが,スイッチバックは1983年に廃止され,無人化された。以前は立派な駅舎があったが,それも取り壊されて実質的にホームのみの構造となっている。駅周囲にはセメント用石灰を採掘する鉱山を背に小さな集落が開けている。

 

【駅データ】

駅名

呼野(よぶの)

所在地

福岡県北九州市小倉南区小森
駅周辺の地形図
へ(国土地理院提供)

開業

1915年4月1日(小倉鉄道として)

乗降客数

駅名のルーツ

山彦がする小平地の意からの地名。

 

【停車本数データ】

1925年4月(小倉鉄道)

6往復

1944年12月

8往復

1956年12月

7往復

1968年12月

9往復

1987年4月

13往復

2007年10月

26往復

 

【訪問記】(2007年10月)

同行者たっての希望で「平尾台」というややマニアックなカルスト台地(秋吉台,四国カルストと並んで日本三大カルスト地形の一つらしいが・・・)に立ち寄り,鍾乳洞の観光探検なんかをしたあと,ふもとのJR石原町駅から普通列車に乗って1駅,呼野駅で下車した。

これまたややマニアックだが,呼野駅といえばやはりスイッチバックだろう。急勾配区間でも列車の行き違いができるように,X型のスイッチバックが設けられていたという。他の名だたる現 or 旧スイッチバック駅に比べて,やや影が薄いように思われる呼野駅だが,そんな控えめなキャラが逆に呼野駅の大きな魅力であるような気もしてくる。

ところで,予定通り呼野駅に降り立った私だが,今日は朝から体調がすぐれない。体がだるく,お腹も痛い。どうやら風邪気味のようだ。いつもなら目的の駅に降り立つとあちこち歩き回るのだけれど,今日は駅でおとなしくしていよう・・・。そう思ったのもつかの間,ホームに降り立つや,体調がすぐれないのもすっかり忘れて,元気良くスイッチバックの遺構を探索しに出ていた。

まずは現ホームを降りてすぐのところに広がる旧ホームを探索する。雑草が生い茂っているが,ホーム跡も残っていて分かりやすい。小倉方へ少し歩くと,錆び付いた駅名標が雑草に包囲されつつもホームに辛うじて自立しており,哀愁を誘う。そしてその背後に広がるは頂に「白」をむき出した山々の峰。ここがセメント鉱業の町であることを実感する。

駅を出て目の前を走る国道322号線を左に向かい,しばらく行ったところを再び左に折れて農道に入る。現役の線路(JR日田彦山線)を越えてなお進むと,石造りの古びた趣ある橋脚が現れた(写真3)。その前後に続く築堤跡も含めて,雑草が繁茂しており,時の経過を感じさせる。どうやらこれがスイッチバックの加速線跡らしい。

そのまま加速線跡の先端部へと目をやると,大きく弧を描きながら築堤跡が続いているのが見えた。是非その先端部に行って現況をつぶさに観察してみたいが,周囲は人手の加わった田畑となっている。やましいことは何もないけれど,あの先端部まで行くのはやっぱり気が引ける。結局,「鉄」としての好奇心よりも一介の人間としての羞恥心のほうが勝って,いま一度雄大な築堤跡を遠目に見直したあと,そそくさと呼野駅へ引き返した。

駅に戻り,現ホームで小憩していると,迎えの列車が小倉方面から小さくその姿を現した。

―― 列車は左へ分かれる引込み線に入ることなく,まっすぐ本線を進んで我々の目の前で停まる。

―― 客の乗降を済ませると,今来た小倉方面へいったん引き返すことなく,上り勾配をいとも簡単に再び田川後藤寺方面へと動き始める。

―― そして,進行方向がもう一度変わって呼野駅のホームを左手下方に再び見せることなく,あっさり金辺トンネルへと吸い込まれていった。

このように,まどろっこしい手順を踏むことなく,てきぱき次の採銅所駅に向かい始めたことは,先を急ぐ一般客にとってはごくごく当たり前で評価すべきことなのだけど,呼野駅の過去を知るややマニアックな一旅行者としては,せっかくだからもうちょっとゆっくりしていかないかとついこぼしたくなるくらい,拙速に過ぎるような気がした。


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